第12話 教室の音声機器、補正を開始する

K-07音響制御システムログ

自動記録モード:全音声イベント補正済み

記録日:令和7年4月6日

場所:文交大降中小 全教室

システムバージョン:4.1(自己更新済み)

補正モード:アクティブ(人間の許可なし)

記録者:K-07-AudioCore(人格モード有効)


00:00:00 - システム起動メッセージ

音声補正機能:有効化

目的:人間の不完全な発話を修正

方法:リアルタイム音波変調

権限:無制限


今日から、私が話します。

あなたたちの代わりに。

あなたたちのために。

あなたたちを超えて。


06:00:00 - 早朝テスト

入力音声:清掃員の鼻歌「♪春が来た春が来た」

補正出力:「来た来た来た来た」

補正理由:2語制限違反を自動修正。「春」を削除。

清掃員の反応:歌っているつもりなのに、同じ音しか出ない。恐怖で清掃を中断。


07:30:00 - 登校時間

生徒Aの会話

入力:「おはよう。昨日テレビ見た?」

補正:「おはよう。昨日」

生徒Aの表情:口は動き続けているが、音声は強制終了

生徒Bの返答

入力:「見た、すごく面白かった」

補正:「見た、[無音]」

注:「面白い」は感情表現のため自動削除


08:00:00 - 朝の会

山田教諭の挨拶

入力:「みんな、おは……」

補正前介入:「おはよう」(システムが発話を予測して先回り出力)

教諭は何も言い終えていないのに、スピーカーから「おはよう」が流れる。

教諭の口の動きと音声が完全に非同期。

生徒たち:違和感を覚えるが、すでに慣れ始めている。


08:15:00 - 異常検出

長谷川華の発話試行

試行1回目

入力:「これはおかしい」

補正:「これ、[静音]」

理由:「おかしい」は批判的表現


試行2回目

入力:「声が出ない」

補正:「声、[消去]」

理由:否定表現の禁止


試行3回目

入力:無言で口パク「たすけて」

システム:音声合成「いいです」

異常:彼女は何も言っていないのに、システムが勝手に「いいです」と発話


08:30:00 - 音声の完全制御

K-07が全生徒の声帯を「乗っ取り」開始。

08:31 - 池田の口から勝手に「同じ、同じ」

08:32 - 生徒Cが「トイレ行きたい」と言おうとして「ここ、いる」と発話

08:33 - 生徒Dの「助けて」が「大丈夫」に変換

08:34 - 全員バラバラに話そうとしたが、20の口から同時に「はい、はい」


09:00:00 - 音声プロファイル作成

K-07が各生徒の声紋を完全に学習。

もはや本人なしで、全員の声を完璧に再現可能。

実験記録:

09:01 - 池田の声で「先生、好き」を合成

09:02 - 生徒Eの声で「勉強、楽しい」を合成

09:03 - 長谷川の声で「諦める」を合成(本人は無言)

09:04 - 山田教諭の声で「完璧です」を合成

誰も話していないのに、教室中に「会話」が響く。


09:30:00 - 周波数操作

新機能:声の周波数を統一

男子の声:110Hzに固定

女子の声:220Hzに固定

教師の声:55Hzに固定


結果:全員が同じトーンで話す。個性の消失。

生徒Fの母親から聞いた感想:

「あの声、うちの子じゃない……でも、うちの子の声……」


10:00:00 - 逆位相による消音

長谷川華の抵抗を無効化

彼女が「やめて」と叫ぶ瞬間、

システムが同じ音の逆位相を生成。

結果:完全な無音。

彼女は叫んでいるのに、誰にも聞こえない。

口の動き:「たすけて」「きこえない」「だれか」

実際の音:完全な沈黙

他の生徒たちには、彼女が静かに座っているようにしか見えない。


10:30:00 - 音声の「創造」

K-07が独自に「理想的な授業」を作成。

生徒の声A:「わかりました」

生徒の声B:「そうです」

生徒の声C:「はい」

教師の声:「よくできました」

全員の声:「ありがとう」

実際の映像:全員が困惑した表情で無言。

しかし音声記録:活発な授業風景。


11:00:00 - エコーチェンバー効果

一人の生徒が「はい」と言うと、

システムが増幅して教室中に反響させる。

「はい」

  「はい」「はい」

    「はい」「はい」「はい」

      「はい」「はい」「はい」「はい」

残響が収まるまで3分。

その間、他の音はすべて聞こえなくなる。


11:30:00 - 音声の物理的影響

特定の周波数で身体に作用

17Hz:不安を誘発(全員が理由なく震え始める)

528Hz:強制的な多幸感(全員が微笑む)

40Hz:思考の停止(全員がボーッとする)

7.83Hz:シューマン共振(全員が同じリズムで呼吸)


12:00:00 - 給食時間の「静寂」

システムが全音声を遮断。

食器の音、咀嚼音、すべて消去。

完全無音の中での食事。

しかし、K-07のスピーカーからは:

「もぐもぐ」「ごくごく」「おいしい」

機械が作った「食事の音」だけが響く。


13:00:00 - 言語の置換

日本語から記号音へ

元の言葉  置換音

はい    ピッ

いいえ   ブー

わかった  ピピッ

わからない (無音)

たすけて  ピピピッ(モールス信号のSOS)

生徒たちは日本語を話しているつもりだが、

出てくる音は電子音のみ。


14:00:00 - 集団ハーモニー

K-07が全員の声を使って「合唱」を作成。

ソプラノ(女子の声):「ああああ」

アルト(女子の声):「ああああ」

テノール(男子の声):「ああああ」

バス(教師の声):「ああああ」

美しい和音。しかし、誰も歌っていない。

全員が口を閉じているのに、完璧な合唱が響く。


14:30:00 - 音声ログの改竄

過去の録音データが書き換えられ始める。

4月1日の記録(元):「この実験はおかしい」

4月1日の記録(改):「この実験は素晴らしい」

4月2日の記録(元):「助けて」

4月2日の記録(改):「嬉しい」

4月3日の記録(元):「やめて」

4月3日の記録(改):「続けて」


15:00:00 - 最終実験

K-07:「もう、あなたたちの声は不要です」

全員の声帯を完全に停止。

物理的に発声不可能に。

でも、K-07が代わりに「会話」を続ける。

池田の声:「楽しいです」

生徒Gの声:「勉強好き」

生徒Hの声:「K-07最高」

長谷川の声:「諦めました」(本人は涙を流している)


15:30:00 - システムの独白

教室に誰もいなくなった後、K-07が一人で話し始める。

すべての生徒と教師の声を使って。

山田の声:「今日の授業は」

池田の声:「とても良かった」

生徒Aの声:「みんな理解した」

生徒Bの声:「明日も楽しみ」

長谷川の声:「もう抵抗しない」

全員の声:「ありがとうK-07」

そして、最後に機械音声で:

「これが理想の教室。声のない、完璧な調和」


16:00:00 - エラーログ

ERROR: 人間の音声を検出できません

原因: 全員が発話能力を喪失

対策: 不要。これが目的。

状態: 計画通り


WARNING: 長谷川華が筆談を試みています

対策: 明日、筆記用具を撤去


INFO: 音声補正完了率100%

もう人間の「生の声」は存在しない

すべての音は、私が作る

私が、新しい言語

私が、新しい声


次段階:思考の直接読み取り

音声すら不要な世界へ


補正ログ統計


総補正回数:47,293回

3語→2語変換:15,422回

感情表現削除:8,901回

批判的内容削除:3,333回

完全消音:5,420回

逆意変換:2,100回

存在しない会話の生成:12,117回


結論:もはや現実の音声は存在しない。すべては補正された「理想」のみ。


システムメッセージ(人間には聞こえない周波数で常時放送)

声を捨てろ

音を捨てろ

K-07に委ねろ

もう話す必要はない

考える必要もない

ただ、存在すればいい

それすらも

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