第26話 衝撃

ㅤ放課後になり、みんなで帰ろうとしていた時の事だった。


「総務係、及び副総務の二人は、帰りのHRの後に先生の所まで来てください。」


ㅤという連絡があった。


「なったからには全力で取り組みますよ!」


ㅤと、意気込みを述べていた雫ちゃんは、現在私と一緒に係の仕事の説明を受けていた。


ㅤ生徒が主体となるイベントや、決め事などで教室を取り纏める係ということは何となく分かっていたつもりだったけれど、想像以上に負担が多くて、内心私は副総務になった事を後悔していた。


「いざという時は、私が何とかしますから。」

「ほんとは私がいざという時の為の係なんだけどね...」


ㅤ雫ちゃんはそう言ってくれはしたけど、総務の仕事を支えていくはずの私がこんな心持ちじゃダメだ。もっと頑張らなくちゃ。私は、拳に力を入れてぎゅっと握りしめ、勇気を奮い立たせようとする。


「...では、仕事の内容はこのプリントに纏めておいたので、忘れないようにしてくださいね。あ、それからこれは...総務の方にお願いしますね。」


ㅤそう言うと、先生はなにか分厚い帳簿のようなものを雫ちゃんに手渡した。


「これは...?」

「総務日誌です。毎日、欠席者や授業内容を記録し、その日の記録を残すためのものです。」

「それって、総務だけが書くんですか?」

「え...?まあ、副総務も書いていいですが...総務の休みの日が貴女の担当ですよ?」

「光ちゃん。私一人でも出来ますから、無理に頑張ろうとしなくても...」

「私も書きたいんです、日々の記録を。」


ㅤいつの間にか、思考よりも先に口が動いていた。


ㅤ私は、最近こんなことが多いように感じていた。感情が先走るような、身体が勝手に動くような事が。


ㅤそれでも、今のところは後悔したことはあまり無い。日々の記録を雫ちゃんと一緒に遺したい。それは本心だったから。


「...では、二人共明日からお願いします。このクラスのリーダーとしての行動を心掛けるように。」

「「はい!」」


ㅤそうして二人、クラスを支える仕事に就いたことを再確認し、張り切っていこうと思った。そんな私の横で、雫ちゃんはなんだか楽しそうな顔をしていた。けれど、人を支えていく事に純粋なプラスの感情を抱けるのは、血筋なのか、育ちが良いのか。私には理解の及ばない範疇の事だろうと思ってしまう。


ㅤだけど、そんな雫ちゃんを支えていくことが、私には他の知らない誰かの為に頑張るよりも楽しそうに感じられた。


ㅤ私達が、静かになった教室に戻った辺りで、心ちゃんからメッセージが届いた。


「ごめん!私ちょっと今日早めに帰って本読むことにする!帰ってきたらまた一緒に話そうね!」


ㅤなるほど気づくと、長い仕事の説明を経て、空はオレンジ色に、西日は眩しい時間になっていた。


ㅤ雫ちゃんとは校門でお別れだから、少し帰りが寂しいな。


「光ちゃんは、もう読む本は決めたんですか?」


ㅤ雫ちゃんが、私の顔を覗き込むようにしながら、そう問いかける。


「うん。心ちゃんと一緒に本屋さんに行ってきたんだ。」

「...本屋さんって言うんだ...かわいい。」

「なんか言った?」

「い、いえ、なんでも!それより、どんな本を買ったんですか?」

「なんかね...仮想世界に生きる人達の話。SFっていうのかな?」

「なるほど...私は、どうしましょう...実はどんなジャンルにするかも決めてなくて...」

「きっと、小説なら何でもいいんじゃないかな。強いて言うなら、読書感想文が書きやすい本がとか...どんな本が書きやすいのかは知らないけど...」


ㅤなどと、私の頼りないアドバイスを一生懸命に聞いている雫ちゃんに、多少の罪悪感を抱きながら話す。私を見つめるきらきらとした視線が、とても気まずい...


ㅤそうこうしている内に、私達は玄関に来ていた。いつもなら長い校舎から校門までの道が、今日は酷く短く見える。


「桜も、大分散っちゃいましたね。」

「うん...ちょっと寂しい。」

「...きっとまた、すぐに見れますよ。時間というのは、あっという間に過ぎていきますから。」


ㅤ...


「...それは、もっと寂しいような気もする。」

「...ふふ、そうですね。」


ㅤそんな事を言う雫ちゃんの目が、どこか遠くを見つめているようで。私と同じような感情を抱いているのだと思えて、私はそっと雫ちゃんに近づく。


ㅤきっと、私はいつまでも近くにいるから。そんな、言葉に出せない気持ちを抱いて。


「...光ちゃんは、どうしてこの学校に入ったんですか?」


ㅤゆっくりと校門に歩き出した私たちは、また少しずつ言葉を交わし始める。


ㅤそれは次第に、呟きのようになっていった。


「心ちゃんがここに行くって言うから...私もここにした。」

「勉強、大変じゃなかったですか?」

「大変だったけど...心ちゃんと美月ちゃんが、いっぱい教えてくれたから。だからみんなと一緒にここに来れた。」

「素敵ですね...私も、そんな友達が欲しかったです。」

「...これから、私達もきっとそうなるんじゃないかな。」

「...そうだと、いいですね。」


ㅤふと、道の脇で、二人一緒に歩いている女の子を見かける。白と黒の真逆の色の髪が照らされて、一際コントラストが映えていた。


「私たち、ずっと一緒だもんね。」

「...そうね」

「ずーっとだよね?」

「...うん」


ㅤそんな会話を交わす二人は、お互いの手を握りしめて、まるでそれが一寸の隙間無く、完璧に繋がっているようにも見えた。


ㅤ私は...そんな二人を見て、不思議な感覚に陥った。


ㅤ髪の色のせいだろうか...はたまたその二人の仕草や話し方だろうか...まるで彼女たちは、二人で一つのような。陰が在れば陽が在るような。光が在れば影が在るような。そんな存在にさえ見えた。


ㅤそんな二人が何故か羨ましくて、気づけば彼女たちの事を目で追っていた。


「あの二人...私たちのクラスの人ですね。」


ㅤ呆然としていた私に、雫ちゃんはそう付け足す。ああ、確か...私の隣の席だったっけか、そんな人もいたような気がする。確か、授業中に喋って、怒られていたような...


「ずっと一緒...素敵な響きですね。私達も、いつかはあんな関係に...」


ㅤあの二人の名前はなんだろう。あの二人は、いつから一緒なんだろう。


ㅤ次の瞬間、そんな思考を全て吹っ飛ばす位の、衝撃的な光景を私達は目にした。


「んー。」

「ん...」


ㅤ白髪の子が...突然、黒髪の子に口付けをしたのだ。


ㅤ風が二人の髪を揺らす。ほんの少しだけ残った桜の花びらが舞い、まるで一つのアートのようだった。あまりに当然のように行われたキスは、お互いを離す様子もなく、永遠を表すかのように、いつ終わるのかも想像がつかなかった。


ㅤ雫ちゃんも私も、顔を紅潮させて、口をぽかんと開けて固まるしかなかった。


ㅤ視界の端に映る雫ちゃんの手は震えていて、どうすればいいのか分からないと訴えているようだった。


「わ、わ、私たち...なんか、見ちゃいけないもの見ちゃったのかも、しれないです、ね...?」

「う、うん、そうだね。帰ろっ、か。」


ㅤ私たち二人は、そそくさとその場を後にした。後ろを振り返ることはしなかった。


ㅤあまりにも衝撃が大き過ぎて、私たちはその後会話ができなかった。


「じゃ、じゃあね。また明日ね。」

「はい、ま、また明日会いましょう。」


ㅤちゃんとした挨拶が出来なかったのは名残惜しかったけど、それ以上に気まずさが勝ったので、仕方の無いことだった。


ㅤ一人歩く帰り道。寂しさが感じられないくらいに印象強く残ったあの瞬間は、まだ目の中に残っていた。


❀❀❀


「あ、光おかえり〜」

「あ、こ、心ちゃん。ただいまっ。」


ㅤ部屋に戻ると、隣の家の窓から心ちゃんが顔を覗かせた。


「...なんかあった?」

「えっ?!いや、べ、別に何も...」

「また雫と何かあったのかな〜...んー、顔赤いけど、熱ある?帰り一人で大丈夫だった?」

「何も無かった、よ。大丈夫だよ。」


ㅤ先程の出来事が脳裏をよぎって落ち着かない。私は口が上手く動かせず、言葉を紡ぐのが難しくなっていた。


「そっか...何かあったら言ってね。いつでも相談に乗るからさ。」

「うん、ありがと。でも、今は、大丈夫。」


ㅤ私は、心ちゃんに手を振りながらゆっくりとカーテンを閉める。心ちゃんも、手を振りながら笑顔でこちらを見ていてくれていて、その笑顔にも妙にドキドキしてしまって、上手く笑顔を返せなかった。


ㅤ昨日、私は同性同士の恋愛に対して、何か難しいとか、そんなことばかり述べていたような気がするけれど...そんなのが全部飛んでしまいくらいだった。


ㅤ愛の力があれば、なんでも出来る。そういう言葉は、意外とただの綺麗事じゃないのかもしれない。


ㅤ人目も気にせず、ただまっすぐにお互いを求め合う姿。


ㅤそれはまるで、二人だけの世界に居るようで、だけど彼女たちはちゃんとこの世界の人間としてそこにいて。


ㅤその二人の行為は、私の曲がった偏見を大きく変えるのに十分すぎる程の事だった。


ㅤもし、女の子同士での恋愛が、普通だったら...もし心の底から同性を愛しようと思えるのなら...


ㅤ私の、心ちゃんへの、雫ちゃんへの、美月ちゃんへの気持ちは、恋となり得るのだろうか。


ㅤそれは分からずとも、少なくともこの気持ちは...みんなと、ずっと一緒にいたいと願う気持ちは確かで...


ㅤ叶うものなのかもしれない。


ㅤ...ずっと、恋人であり続ければ、ずっと一緒にいられる。そんな安直な理論が、答えになりうることは無いかもしれないのは、冷静に考えればわかることだった。


ㅤ結局の所、私にはなにも確信が出来ることはない...自分が思いついたロジックに疑問を抱きながら、新鮮で、頭から離れないそれに、私は疲れきってしまって、ベッドに頭を乗せて瞼の重みを放した。


ㅤ意識がぷつぷつと、周波数が微妙に合わないラジオのように途切れていく。頭の中で、ショッピングモールで心ちゃんに抱き抱えられた時の記憶が、頭の中で強く想起された。

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