第3話 入学式の日、教室で

ㅤ入学式は、まあ、想像通りつまらなかった。


ㅤ雨野さんとも、心ちゃんとも、美月ちゃんとも、指定された席が近くない。まあ、名前順だからしょうがないよね。泣き言を言いたくなる自分の弱さをそう納得させて、校長先生の話を聞き流した。


ㅤでも、美月ちゃんの代表スピーチは良かったと思う。そのタイミングだけはちゃんと目を覚まして話を聞いた。美月ちゃんは人と話すのが苦手、と言うよりかは人に考えを伝えるのが苦手なのだけれど、それでも彼女なりに工夫して、分かりやすくしていたのが伝わってきた。


ㅤ大勢の頭の上に疑問符が浮かんでいた。正直、私にも、言葉とか文脈を掴むのが難しくて、話の内容はよく覚えてないけど....でも、あんな風に美月ちゃんが生き生きと話すのは新鮮で、それだけは覚えている。


ㅤ確か、人は誰しも芽吹き、咲くことが出来る。願いが根を下ろし、芽吹いた時、それを咲かせることが大事だって...多分すごいことを話しているんだろうけど、私にはよく分からなかった。



ㅤ入学式が終わると、私達は同じクラスに入る。席は...まぁ、さっき言った通り、残念だけど、それでも、同じクラスでよかったと思う。雨野さんとも、せっかくできた繋がりだったし、一緒に話したかったから。


「...うーん。」


ㅤまあ仕方ない、仕方ないことなんだけど...あ行から始まる雨野さんと、や行の私の名前では席が遠く離れたものとなった。だけど、比較的近くに心ちゃんがいて、それがとても心強かった。私と心ちゃんの間には、守宮という苗字の人がいたから、前後ろの席になれなかったのは悲しいけど。



「ひかりー、一緒に帰ろー」

「うん!ちょっと待っててね。」


ㅤ色々な書類や教科書類の整理が終わった後、放課となったので私達は帰る準備をしていた。心ちゃんは急かすように大きな欠伸をして、美月ちゃんもいつの間にか私の席に来ていた。


「あのー...」


ㅤ恐る恐る、という言葉を体現するかのように、控えめな仕草と声量でこちらに話しかける声が聞こえた。もちろん、私達はその声に聞き覚えがある。


「雨野さん、どうしたんですか?」


ㅤ知り合って間もないので、やっぱり敬語になってしまう。さっきは無意識とはいえ普通に話せたのに、人とのコミュニケーションって、難しい。


「やっぱり、光のかわいさに惹き付けられちゃった?」


ㅤ乱暴に私の頭をわしゃわしゃと搔き撫でながら話す心ちゃんは、そう軽口を叩く。


「そういうわけでは...あるんですけど...」


ㅤ雨野さんの話は少しずつ口ごもっていってよく聞こえなかったけれど、ちょっとだけ考えるそぶりをしてから、仕切り直すように少しだけ大きな声でこう言った。


「みっ、皆さんと仲良くさせていただきたくてっ」


ㅤちょっとだけ大きかった声は、周囲の何人かを振り向かせた。その綺麗な容貌はその何人かの注目を集め、一人、また一人と雨野さんについて話し始めるのが聴き取れた。


ㅤそんな視線を感じたのか、あぅ、と、言葉にならない声が、恥ずかしそうにする雨野さんの口から漏れる。そんな仕草はあどけなくて、それまでのお淑やかさとは少し離れた感じがして可愛いと思った。


ㅤ心ちゃんは少し考え込むような仕草をした後、快く承諾した。


ㅤ美月ちゃんは、回答を委ねるが如く、私の方を見ている。


ㅤ私も、特に断る理由もないし...ちょうど話しかけたかったしで、もちろん、と言った。


ㅤすると雨野さんは、ぱあぁっと顔を輝かせ、急に私の手を掴む。突然知らない体温を手に感じた私は、びっくりして跳ねてしまった。


「ありがとう!」


ㅤそう言われると、何か胸の奥に温かいもの感じる。知らない人との会話は苦手って言ったけど、こうやって楽しそうだったり嬉しそうだったりな人を見るのは好きだ。


「うん。よろしく、雨野さん。」

「よろしくね、雨野さん!」


ㅤそういうと、ちょっと後ろめたそうに、申し訳なさそうに目を逸らして、また、目をこちらに向けてみたり、しばらくそうした後、私たちの方を向いて言った。


「もし良かったら、下の名前で呼んで貰えますか?」


ㅤ...正直、社長令嬢ともあろう存在をそんな軽々しく下の名前で呼んでいいのかと思ったけれど、心ちゃんと美月ちゃんと少し目配せをして、お互いの意思を確認した。


ㅤそうして、ちょっといたずらっぽく話し始めたのは心ちゃんだった。


「じゃあ、雨野さんも、敬語じゃなくてタメ口で話してくれないかな〜、友達になるってことだし?」

「敬語は、距離感与える。」


ㅤ美月ちゃんもそう付け加える。


「で、では...みんなと一緒に、仲良くさせて...したいで...仲良くして欲しい...なあ」


ㅤそんな雨野さんのぎこちない言動に、心ちゃんは笑いながら答える。


「ははっ、うん、良いよ。ねっ?二人とも。」

「うん!よろしく、雫ちゃん!」

「宜しく。」


ㅤ言葉を受け取った雫ちゃんは、とても嬉しそうに顔を綻ばせていた。


ㅤ私たちの友達の輪が、少しだけ大きくなる。


ㅤ雨野 雫ちゃん。どんな人かは、全然知らないけど。これからの毎日がもっと楽しくなる予感がした。

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