第3話
母さんの交際相手、春川さんの娘さんの名前は春川菜月という。
会えば人柄は分かるが、やはり心構えは欲しい。
そこで天沢にどんな子か聞いてみたのだが、「菜月ちゃん? あぁ、いい子だよ」という返答が返ってきた。
どうしてそんなこと聞くの? という感じの返答だ。
どうやら天沢からの印象は悪くないらしい。
なら問題あるまい。
というわけで実際に顔を合わせてみたのだが……。
「あ、こんちゃー。鷹羽先輩で合ってます?」
「合ってるよ。春川さんで合ってる?」
「菜月でいいっすよ。……お兄ちゃんって、呼んだ方が良かったりします?」
「呼びたかったら、呼んでくれていいけど……」
「あはは、冗談っすよ」
普通にいい子だった。
それから喫茶店で互いの親を待ち、あらためて挨拶。
特に不満がないことを伝えた。
菜月の方も不満はないらしい。
「鷹羽先輩が兄貴とか、むしろ自慢できますよ」
とのことだった。
何の自慢だよ。
というわけで無事に母の再婚が決まった。
一ヶ月後には籍を入れるらしい。
知り合いに話して良いとの許可ももらった。
もっとも、同棲するのは俺と菜月が大学生になってからにするようだ。
まあ、妥当な判断だろう。
俺もいくら菜月が悪い子ではないとはいえ、愛歌以外の女の子と一つ屋根の下になるのは抵抗がある。
その後、特に何かイベントが起こるわけでもなく、俺と母は春川親子と別れ、帰路についた。
母と一緒に家に帰ると……。
家の前に愛歌が待ち構えていた。
「か、奏汰君!」
愛歌は俺の姿を見て取ると、一目散に掛けて来た。
一方の母は「私はお邪魔みたいね。後はお若いお二人に……」などと言いながら、先に家の中に入ってしまった。
「どうした?」
「な、夏休みなんだけど!」
愛歌はそこまで言いかけてから、恥ずかしそうに目を伏せた。
それから俺を睨みつけるように見つめ、叫ぶように言った。
「海に行きましょう!!」
う、海!?
……いや、全然いいけど。
むしろ嬉しいけど。
「ど、どうした? 急に」
「べ、別に理由はいいでしょ! そ、それとも……い、嫌なの?」
愛歌は心配そうに俺の顔色を伺う。
俺は慌てて首を左右に振った。
「まさか! ……俺も海、行きたいと思ってた」
俺が素直にそう答えると、愛歌は意外そうな様子で目を見開いた。
「そうだったの?」
「そんなに意外か?」
「だって、昨日はそんなこと言わなかったじゃない」
「え? あぁー、うん、そうだな」
「どうして急に行きたいと思ったの?」
「そ、それはだな……」
「それは?」
愛歌にジッと顔を見つめられる。
誤魔化せそうにない。
……素直に白状するしかないか。
「愛歌が嫌がるかなぁ……って」
「私が? どうして?」
「その……海に入るってことは、水着になるってことだろ? もしかしたら、抵抗あるかなぁって……」
俺は言葉を濁しながらそう言った。
一方の愛歌は俺の言葉の意味がわからないようで、きょとんとした表情だ。
本当に要らない心配だったようだ。
「別にいいんだ。気にならないなら……」
「もしかして、奏汰君」
愛歌はニヤニヤっと笑みを浮かべた。
嫌な予感がした。
「私のこと、意識しちゃった?」
「い、いや、別にそういうわけじゃ……」
「もしかして、私の水着、見たかった? それを言い出すのが恥ずかしかったとか?」
「違うって!」
「可愛いところあるじゃん」
愛歌はニヤニヤしながら、俺に肘を当ててきた。
こ、こいつ、調子に乗って……。
いや、全部本当だから否定しようがないけどさ。
「私、奏汰君の恋人だよ? 水着くらい、見せてあげるに決まってるじゃん」
「別に見たいとは言ってないだろ!」
「素直じゃないなぁ」
ぐぬぬぬ……。
悔しいが、これ以上話しても今の愛歌には勝てない。
何か、話題を逸らさないと。
「そ、そういえば……その紙袋。何を買ったんだ? 天沢と買い物に行くって言ってたけど」
「あ、これ? ……気になる?」
ニヤニヤニヤニヤ。
愛歌の笑みがさらに深まる。
な、何だよ。
「これはねぇ……水着!」
「み、水着!? な、なるほど……だから海に行こうって言い出したのか」
「どんな水着か、気になる?」
「いや、別に……」
「気になるでしょ!」
気にならない……わけじゃないけど。
「べ、別に愛歌の水着くらい、見たことあるしな。前と似たようなやつだろ?」
最後に愛歌と海やプールに行ったのは中三の時だ。
可愛い水着に少しドキドキしたのを覚えている。
「あんな子供っぽい水着、高二で着るわけないじゃん。もっと大人っぽいの、買ったから」
「へ、へぇ……」
「本命とちゃんと“本番”できるように、たくさん練習するから」
愛歌は意地の悪い笑みを浮かべながら、俺の腕を絡め取った。
柔らかい胸の感触が伝わってくる。
「覚悟しておいてね?」
愛歌は俺の耳にそう囁いてから、するりと腕を放した。
「じゃあね、奏汰君」
そして自分の家に駆けて行き……。
「あ、忘れてた」
家に入る直前に引き返してきた。
そして俺に向き直る。
「まだ何かあるのか?」
「いつものやつ、やってないじゃん」
「いつものやつって……あ」
俺が気づくよりも先に、愛歌が俺の顔を覗き込んでいた。
愛歌は肩に手を置き、踵を上げ、つま先を伸ばす。
そして……。
「んっ!」
柔らかい唇の感触。
俺が呆然としている合間に、愛歌は離れ、そして軽く手を振る。
「じゃあ、デートの日取りはメールで決めるから。よろしくね」
愛歌はそういって家の中へと入っていく。
……母さんの再婚の話、できなかったな。
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