第23話
七月、とある日の朝。
「おはよう、奏汰君」
「おはよう、愛歌」
その日はいつもと違う、期末考査の日だった。
今日が最終日だ。
しかし少し特別な日だからといって、朝に俺たちがすることは変わらない。
「じゃあ、奏汰君。……いつもの、シて?」
「あぁ、うん……」
俺は視線を動かし、辺りに人がいないことを確認する。
そして愛歌の肩に手を置き、軽く引き寄せる。
愛歌は俺の背中に手を回す。
二人で体を密着させ、抱き合う。
愛歌の柔らかい胸が、俺の胸板に押し当てられ、形が歪むのを感じる。
クイっと愛歌は踵を上げる。
そして目を瞑り、顎を上げ、唇を突き上げる。
俺は愛歌の頭の後ろに手を回し、少しだけ身を屈め……。
唇が重なる。
「じゃ、じゃあ……行きましょう」
「そう、だな」
二人で並んで通学路を歩き出す。
おはようのキスと、さようならのキス。
俺たちはそれを唇でするようになった。
恋人の練習だ。
あくまで練習。
本当のキスじゃない。
……果たしてこんなことをして良いのだろうか?
何度目かわからない疑問が脳裏をよぎる。
いや、何度も「ダメじゃないか?」と思っている時点で、俺の中では結論は出ている。
してはいけないことをしているのだ。
お互いに付き合ってもいないのにキスをするのは不純だ。
でも俺は流されて、愛歌の要求を断りきれず、時には自分からシてしまっている。
愛歌のことが好きだから。
でも、愛歌は俺のことが好きではない。
憎からず思っているかもしれないが、せいぜい、二番目だろう。
一番じゃない。
あの時、誕生日の日の夜に愛歌が発した「好き」という言葉は、俺ではなく別の誰かに対するものだ。
……それを考えると、虚しい気持ちになる。
本当の恋人同士になりたい。
「ねぇ、奏汰君」
「え? な、何だ!?」
列車を待っている最中、急に名前を呼ばれ、俺は思わず背筋を伸ばした。
愛歌はそんな俺に対し、スリスリと猫のようにすり寄ってきた。
これは何か、して欲しいこと、やりたいことがある時の態度だ。
「期末考査、終わったらさ。デートに行かない?」
「デート……? あぁ、夏祭りか」
「うん!」
毎年、この時期になると夏祭りが行われる。
それほど規模は大きくないが、屋台が立ち並び、最後に花火が打ち上げられる。
「別にいいけど」
そもそも毎年、夏祭りには参加している。
花火を一緒に見るくらいだけど……。
「じゃあ、決まりね。……あ、そうだ。浴衣、着てきてよ?」
「え? ま、まあ、いいけど。……どうして?」
昨年はお互い、私服だったはずだ。
どうしていきなり浴衣……?
「恋人の練習、だから」
愛歌はニヤッと笑みを浮かべてそう言った。
夏祭り、当日。
「なぁ、母さん。ちゃんと着れてるか、見てくれ」
久しぶりに浴衣を着た俺は母にそう訪ねた。
母は顎に手を当て、ふむふむと俺を観察する。
「いいんじゃない?」
「なら良かった」
愛歌に恥ずかしい姿を見せるわけにはいかない。
そう思っていると、母は小さく笑みを浮かべた。
「それにしても今日は随分と気合いが入っているのね」
「……愛歌が着て来いって言うから」
「ということは、愛歌ちゃんも浴衣なんだ。浴衣デートかぁ、いいわねぇ」
母は俺と愛歌が付き合っていると思っている。
昔からだ。
いくら否定しても「恥ずかしがらなくてもいいのに」としか言わないし、虚しくなるだけなので、最近は適当に流している。
「今日はどっちの家に泊まるの?」
「そ、そういう予定はないから!」
「あら、そう。愛歌ちゃん、泊めるなら一言、言ってね? あなたの部屋には入らないようにするから」
「愛歌の有無に関係なく、勝手に入るなよ」
もっとも、別に見られて困るものなんてないけど。
「ちゃんとエスコートしなさいよ? あんな可愛い子、逃がしたら二度と手に入らないからね?」
「わ、わかってるよ」
そんなこと言われなくとも、俺にとって愛歌は高嶺の花だ。
デートできるのも、今のうちだ。
愛歌は可愛いし、美人だから、付き合おうと思えば誰とでも付き合える。
きっと、いつか俺から離れてしまうのだろう。
だから今を楽しむべきだ。
そんなことを思いながら、俺を出た。
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