自分を負けヒロインだと思い込んでいる既に勝利済みの幼馴染~転校生と仲良くなったら、高嶺の花だったはずの幼馴染が俺を誘惑してくるようになった~
桜木桜
第一章
第1話 私が先に好きだったのに……
それは放課後、夕暮れ時のことだった。
幼馴染に呼び出された俺は、特に警戒することなく、彼女の部屋に入った。
部屋の中に入った途端、ふんわりと甘い香りが鼻腔を擽った。
「それで、用件って……」
ガチャリ。
振り向くと同時に、扉の鍵を閉める音がした。
いつも、わざわざ鍵なんて閉めてたっけ?
思わず首を傾げると、幼馴染は小さく微笑んだ。
その笑みはいつもよりも、妖艶に見えた。
「……実はね。今日、パパとママ、夜遅くまで帰って来ないの」
「寂しいから、一緒に過ごして欲しいってことか?」
「うん、それもそうだけど……」
幼馴染は制服のリボンに指を掛けた。
スルスルと音を立てながら、リボンが解けていく。
「え、えっと……愛歌?」
ブラウスのボタンを外しながら。
幼馴染は一歩ずつ、俺に近づいて来た。
俺は思わず、後退る。
「す、好きな女の子が……いるのよね?」
「そ、それが……どうしたんだよ」
コツっと音を立て、足がベッドに引っかかった。
これ以上は下がれない。
にも関わらず、彼女は俺との距離を詰めて来る。
「でも……女の子と、お付き合いしたこと、ないのよね?」
「そ、それが、何だよ……」
制服の隙間から、白い谷間と下着がチラチラと覗く。
動揺している間に押し倒された。
顔を覗き込まれる。
美しい金色の髪先が俺の頬を擽る。
青い瞳の中に、俺の顔が映り込む。
「経験がないと……いざという時、困っちゃうわよね。女の子をリードできないと、嫌われちゃうかも」
妖艶に微笑む幼馴染の頬は、夕焼けに照らされ、赤く染まっていた。
ふっくらとした、瑞々しい唇が近づいてくる。
「ねぇ、シてみない?」
「な、何を……!?」
俺の問いに彼女は答えた。
「えっちの練習」
「あーあ、奏汰君のせいでまた電車、遅れちゃった」
俺――鷹羽奏汰(たかばね かなた)に対し、金髪碧眼の少女が頬を膨らませ、文句を言った。
彼女の名前は姫宮愛歌(ひめみや まなか)、俺の幼馴染だ。
サラサラとした金髪に、神秘的な青い瞳。
クォーター故か、日本人形と西洋人形の良いところだけを抽出したような可憐な容姿の美少女である。
彼女よりも可愛い女の子は日本に……いや、世界にいないと思う。
さすがに照れくさいから、言わないけど。
「次の電車には間に合うし、いいだろ」
「それだとギリギリになっちゃうじゃん」
俺と愛歌は家が隣同士なこともあり、いつも一緒に登校している。
しかし今日は俺が寝坊したせいで、電車に乗り遅れてしまった。
もっとも、次の電車に乗れば遅刻しないし、責められる所以はない。
「奏汰君、ちゃんと反省してる?」
「してるよ」
「じゃあ、“ごめんなさいのキス”して」
愛歌は自分の人差し指に唇を当て、ニヤっと笑みを浮かべて言った。
彼女がこうして俺を揶揄うのはいつものことだ。
高校生にもなってこんなこと言うなんて……きっと俺のことを異性として認識していないのだろう。
「するわけないだろ」
「そうよねぇ。奏汰君にキスする度胸なんて、ないわよね?」
何が楽しいのか、愛歌はクスクスと笑った。
自分だってキスした経験ないくせに。
「あ、キスと言えば……昨日の“アマキス”、読んだ?」
俺をひとしきり揶揄って満足したのか、愛歌は話題を変えて来た。
俺も揶揄われ続けるのは愉快ではないので、素直に話題に乗る。
「いいや。俺は単行本派だから。何かあったの?」
“アマキス”とは、とある週刊誌で連載されている恋愛漫画だ。
転校生と幼馴染が鈍感系主人公を取り合う、よくある三角関係ハーレム恋愛漫画である。
正直、俺はあまり好きな話ではないが……。
愛歌は連載を追いかけているので、俺も付き合いで読んではいる。
「それがさぁー」
何でも、愛歌が推していた幼馴染ヒロインが主人公君にフラれたらしい。
……もうちょっと、ネタバレに配慮しろよ。
聞いたのは俺だけどさ。
「相思相愛の幼馴染がぽっと出の転校生に負けるなんて、おかしくない!?」
「だって、漫画だし……相思相愛の時点でひっくり返るフラグかなって」
「むぅー、そうだけどさぁ」
愛歌は不満そうに唇を尖らせた。
個人的には予想通りの展開なので、特に驚きはない。
「まだ最終回まで話数あるし、ひっくり返ることもあるんじゃないか?」
「……それもそうね!」
愛歌は自信に溢れた笑みを浮かべながら頷いた。
そんな話をしているうちに、俺たちは学校に到着した。
愛歌の席は俺の右隣だ。
それぞれ席に座ると、担任教師がやってきて、朝のホームルームが始まった。
しかし今日はいつもと様子が違う。
「今日はみんなさんに転校生を紹介します」
教師は開口一番にそう言った。
四月中旬に転校生なんて、珍しい……。
みんなもそう思ったのか、教室が僅かにざわつく。
そして教室に入って来たのは黒髪セミロングの女の子だった。
清楚で大人しそうな雰囲気の女の子だ。
「――から、来ました。天沢小百合です」
俺は思わず、目を見開いた。
その子が美少女だったからではない。
「あそこの窓際の席に座れ」
「はい」
転校生はゆっくりと、窓際の席……俺の左隣の席へと歩き、座った。
そして俺に向かって微笑みかけた。
「同じクラスだったなんて、びっくり」
「……本当だな。驚いたよ。これから、よろしく」
「うん、よろしくね!」
「え!? 待って!! 奏汰君、いつ知り合ったの!?」
右隣から悲鳴のような声が聞こえて来た。
愛歌があんぐりと口を開けている。
「この前の土曜日……」
痴漢されているところを助けた。
そう説明しようと思ったが、それを口にするのは少々憚れた。
「道で迷っているところを、助けた」
「同じ学校かもしれないとは思ったけど……まさか同じクラスとは思わなかった!」
天沢は手を叩き、嬉しそうに言った。
「ふ、ふーん」
それとは対照的に愛歌は少し不機嫌そうだった。
私――姫宮愛歌には幼馴染がいる。
カッコよくて、背が高くて、頭が良くて、優しくて、そして揶揄い甲斐のある可愛い男の子。
彼の名前は鷹羽奏汰という。
私は奏汰君のことが好きだ。
いつから好きだったかは、あまり覚えていない。
でも幼い頃から奏汰君と一緒に遊ぶのは好きだった。
小学生の時、イジメられそうになったところを助けてくれたのは、嬉しかった。
気が付いたら、奏汰君のことを考えるとドキドキするようになった。
そして中学生の時……。
いつの間にか、私の背を越していた彼の横顔を見て、思ったのだ。
あぁ、私は奏汰君のことが好きなんだと。
そして奏汰君はそれ以上に、私のことが好きに違いないと。
そこで私は奏汰君が告白してくれるのを待つことにした。
こうして私は待って、待って、待ち続けた。
気付けば高校二年生になってしまった。
お、おかしいなぁ……。
そろそろ、告白してくれてもいい頃合いじゃない?
だって再来年には、もう大学生だよ?
同じ大学に行けるとは限らないし、もう猶予は一年しかないのだけれど。
あ、あれれぇ……?
もしかして、もしかしてだけど……私のことを、ただの幼馴染で、女友達としか思ってないなんて……。
ないよね?
「キスして」って揶揄っても、全然動じないのは私のことなんて何とも思ってないからとか……。
な、なんてね。
仮にそうだとしても、奏汰君と一番親しいのは私だから!
奏汰君の周囲には私以外の女の子なんていないから、奏汰君が好きになるとしたら私だけ。
幼馴染がフラれるとか、そんなの創作物の中だけだから。
現実だったら、相手のことを知り尽くしてて、その人のそばにずっといる幼馴染の方が圧倒的に有利だから。
卒業まではあと一年以上もあるわけだし?
どこからともなく、急に美少女転校生でも湧いて出てこない限り、私の勝ちは揺るがない……。
「――から、来ました。天沢小百合です」
湧いて来た。
で、でも、だからといって奏汰君が転校生のこと、好きになるとは限らないし?
そもそも転校生の方が奏汰君のことを好きになるとも、限らない……。
「同じクラスだったなんて、びっくり」
「……本当だな。驚いたよ。これから、よろしく」
え?
何か、私の知らない間にボーイミーツガールしてるんだけど!?
駅で知り合った美少女が実は転校生で、しかも隣の席でした。
そんなこと、ある?
完全にラブでコメディなストーリーの導入じゃん。
メインヒロインの登場シーンじゃん。
……じゃあ、私は?
転校生がメインヒロインなら、幼馴染の私は……サブヒロイン?
つまり、負けヒロイン!?
な、なんてね。
そんな漫画みたいなこと、現実に起こるわけないし……。
「ごめんなさい、鷹羽君。実はまだ、教科書が揃ってなくて……授業中、見せてもらってもいいかな? 数日の間だけでいいから」
「あぁ、それくらいなら全然いいよ」
そんな会話が隣から聞こえて来た。
教科書を……見せてもらう?
そして気が付くと、奏汰君は机を左にズラしていた。
そして天沢さんの席と、自分の席をくっ付けた。
私の席と距離が空く。
日常が崩れる音がした。
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