第38話 冬休み直前、尊い覚悟

 十二月の半ば。

 街はクリスマスの飾りでにぎわい始めていたが、校舎の空気は冷たく張りつめていた。

 終業式を前に、担任が言った。


「冬休みはラストスパートの時期だ。ここからが本当の勝負になる」


 その声に教室全体が重苦しい沈黙に包まれる。


 放課後、三人で図書室に集まった。

 外はすでに暗く、窓の外にイルミネーションがちらちらと光っている。

 しかし机の上には分厚い問題集と赤ペン。


「……」

 森山はひたすらにペンを走らせていた。

 その横顔は鋭く、声をかけることすらためらわれる。


 琴音は英単語をノートに書き写しながら、小さな声で呟いていた。

「尊い……尊い単語……」

 だが、その手は少し震えていた。


「……琴音」

 俺は思わず声をかけた。

「無理してないか?」


「無理などしておりませんわ! 尊い努力の途中ですの!」

 笑顔を見せたが、その目の下には濃いクマができていた。


 森山が冷たく言い放つ。

「諦めろ」


「森山さん!?」

 思わず声が出る。


「E判定が続いている。努力の方向が間違っている可能性が高い。現実を見ろ」

 その言葉は正論だった。だが琴音は一瞬だけ唇を震わせ――それでも笑顔を作った。


「尊い現実ですわね……。ですが、わたくしは尊い夢を諦めませんの」


 沈黙が落ちた。

 机の上の問題集が重たく見える。


「……俺も、琴音に同じことを言いたくなる」

 気づけば口に出していた。

「諦めてもいいんじゃないかって。無理してるように見えて……正直、見てて辛い」


 琴音は俺をじっと見た。

 そして静かに首を振った。

「悠真さん。尊いとは、楽だから尊いのではありませんの。困難だからこそ尊いのですわ」


 その言葉に、胸が締めつけられた。


 森山が小さく鼻を鳴らした。

「くだらない理想論だ」

 そう言いながらも、彼の手は止まっていた。


「だが……お前のその姿勢は、俺にはない強さかもしれない」


「森山さん……」

 琴音が目を丸くする。


「俺は現実にしがみつくだけだ。お前は夢を信じて足掻く。そのどちらが正しいかは、まだわからない」


 帰り道。

 冬の冷たい風が頬を刺す。街路樹にはイルミネーションが輝き、子供たちの笑い声が遠くに響いていた。

 けれど俺たちの足取りは重かった。


「……冬休み、どうなるんだろうな」

 俺が呟くと、琴音は笑顔を見せた。

「尊い冬休みになりますわ! 努力を積み重ね、尊い未来に近づきますの!」


「……くだらない」森山は小さく呟いた。

 だが、その横顔にはわずかな笑みが浮かんでいた。


 諦めてもいい、と言いたくなる。

 けれど彼女は諦めなかった。

 その尊い覚悟に、俺たち二人もまた、足を止めることができなくなっていた。

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