杉子さん、初めまして、こんにちは。

神雅小夢

第1話

「飲み過ぎですよ」

 隣にいる男性から杉子は突然、声をかけられた。カウンターにいる若いバーテンダーが杉子を見て、顔を一瞬しかめた。

 バーテンダーの後ろには大きな水槽があり、カラフルな熱帯魚たちが悠々と泳いでいる。


 杉子は酔ってカウンターに突っ伏している。目には涙の跡も残っている。

 みっともない、それはわかっている、だが、飲まずにはいられなかった。


 お酒に強い方ではないが、今宵はカクテル三杯で簡単に杉子は酔ったのだ。

 それはここ最近の自分の睡眠不足も関係していると思っている。胃腸が悲鳴をあげている。

 いくら強い方ではないと言っても、ここまで容易く酔えるほど、弱くはないと自負している。


「もう飲まない方がいいですよ」

 初めて会った男性に杉子は注意された。不思議だった。初めて会ったのに初めてじゃない気がする。

 男性の色素の薄い髪、同じく瞳も茶色でまるで宝石のようだ、と杉子は思った。


 スッと伸びた鼻筋、はっきりした二重。それに黄金比とも呼べる美しい顔立ちをしていた。その顔には銀縁の薄いレンズのメガネがよく似合っていた。


(すごく奇麗な男の人……。モデルさん? 連れはいないの?)

 杉子は何度も男の顔に見惚れた。どの角度でもその男性は際立った美しさを放っていた。


「なに、飲んでるんですか?」

 杉子は早くなる鼓動を抑えて、男性に尋ねた。


「カルーアミルクです」

 知的さを感じさせる落ち着いた美声だった。


「あ、そうなんですね」

 意外だった。それは女性が好み、もしくは酔わせる道具にも使われる甘く、飲みやすいお酒だ。


「私は甘党でしてね」

 そう話す男性のメガネがきらりと光った。


「そうなんですか……」

 そう答えるだけで、精一杯だ。杉子を強烈な眠気が襲う。


「杉子さん、良かったら少し休みませんか?」

 その男性はなぜか自分の名前を知っている上に、ホテルのキーらしきものをチラつかせていた。


 どうせ、彼氏とも別れたし、もうどうでもいいかと杉子は思った。


 そう、杉子の彼氏、いや、もとい婚約者は別な女性と結婚すると、風の噂で聞いたばかりだ。


 ふざけるな、と言いたい。交際を三年もしてきて寝取られたなんて、惨めすぎる。


 でも杉子は怖かった。出会ったばかりの男性と一夜を共にする。こういうのが一番危険なんじゃないかと、酔っている中でも自制が働いていた。


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