第4話 陰謀の刃

 王都に戻った勇者一行は、大通りを埋め尽くす歓声に迎えられた。

 黒竜騎将に続き、“真なる兵”すら斬り伏せた英雄。民は救いを見出し、声を枯らして名も知らぬ青年を讃えた。


 だが、その熱狂の影で、冷たい視線も確かに存在していた。

「覇断の勇者……。神の兵器など、人の手には余る」

 宮殿の奥、幾人もの貴族が密やかに集まり、囁き合う。

「いずれ国王さえ脅かす存在となろう。今のうちに、芽を摘むべきだ」



 夜。

 青年は宮廷の庭に佇んでいた。満天の星の下、剣を携えた姿を、王女リリアが見つめていた。

「……眠れぬのですか?」

「まあな」

 短く答える青年に、リリアは歩み寄る。

「勇者様。あなたは、自分をどう思っているのですか?」


 青年はしばし黙し、やがて吐き出す。

「勇者なんて立派なもんじゃない。ただ……斬れるだけだ」

 その声には自嘲が滲んでいた。


 リリアは小さく首を振った。

「それでも、あなたに救われた命があるのです。兵も、民も、私も。あなたが剣を振るったから、生きている」

 その瞳に宿る強さに、青年はわずかに息を呑んだ。



 だが次の瞬間、影が庭を覆う。

 黒衣の刺客たちが音もなく飛び出し、剣を振り下ろした。

「なっ……敵襲!」リリアが叫ぶ。


 青年は即座に剣を抜き放ち、迫る刃を一閃で薙ぎ払う。

 倒れた刺客の口から、血に濡れた声が漏れる。

「我らは……王国の意思……勇者は……災厄だ……」


「王国……だと?」

 リリアの顔色が変わった。

 さらに別の刺客が飛び込む。

「国を守るためならば、勇者をも斬る!」


 青年は影を裂きながら、胸の奥に熱を感じた。

 ――これは異世界に放り込まれたただの巻き添えではない。

 自分は選ばれてここに立っている。

 ならば、選ぶのは自分だ。


「……守る相手くらい、俺が決める」


 覇断の閃光が走り、庭を覆っていた影はすべて裂け、消え失せた。



 静寂の中、カインが駆け込んできた。

「勇者殿!無事か!」

 青年は血に染まった剣を収め、ただ一言告げる。

「これ以上、逃げない。俺はこの国を――守る」


 その言葉に、リリアは初めて安堵の笑みを浮かべた。


 だが安息は束の間だった。

 遠方から急使が駆け込み、膝をついて叫ぶ。

「陛下!魔王軍が――大侵攻を開始! 王国全土が戦火に包まれます!」


 風が、夜の庭を吹き抜ける。

 嵐の前の静けさは、もはや終わった。


──────


《覇断の勇者 V —総力戦の夜明け—》


 暁の空を、黒雲が覆った。

 地平線の彼方から押し寄せるのは、魔王軍の大軍。獣人、魔族、巨躯の魔獣――闇の洪水が大地を埋め尽くす。


 城壁の上に立つ青年は、剣を握りしめた。

 隣には王女リリア、その背後には騎士カインと兵士たち。

「これが……王国の命運を懸けた戦だ」

 カインが低く呟き、剣を掲げる。

「怯むな!我らは人の盾だ!」


 角笛が鳴り響き、総力戦が始まった。



 リリアは詠唱を紡ぎ、広域の防護結界を展開する。

「勇者様、兵を守ります!どうか……前線を!」

「任せろ!」

 青年は一気に飛び出し、迫る魔獣の群れを一閃で斬り払った。覇断の軌跡が戦場に道を拓く。


 だが敵の数は尽きぬ。巨人族が槍を振り下ろし、兵が次々と倒れる。

「怯むな!俺が前にいる限り、一歩も退くな!」

 カインの咆哮が兵の心を繋ぎ止める。盾を構え、剣を振るうその姿に、かつての疑念はもうない。

 彼は勇者を信じ、共に立っていた。



 戦場は混沌を極める。

 魔王軍の幹部たち――炎を操る魔導師、鋼の鎧に包まれた巨騎士、影を操る暗殺者――が次々と現れた。

「こいつらは……!」

 青年は咆哮と共に斬り込む。覇断の剣は炎も鋼も影も、一瞬で切り裂いた。


 しかし、敵はなおも湧き続ける。兵士たちは疲弊し、リリアの魔力も限界に近づいていた。

 汗で濡れた額に、彼女は必死に声を絞り出す。

「まだ……耐えてください……!勇者様がいる限り……!」


 その叫びに応えるように、青年は剣を高く掲げた。

「道は俺が切り拓く!ついてこい!」


 兵たちの士気が一気に燃え上がる。戦場は再び押し返され、希望の火が灯った。



 だが――。

 戦場の奥、闇が裂ける。

 異様な圧力が大気を歪め、兵も魔族も動きを止める。


 黒き玉座を背負った巨影が、戦場に姿を現した。

 魔王。

 その瞳は、覇断の勇者ただ一人を射抜いていた。


「来たか……勇者よ。全てを斬る剣。ならば、この世界そのものを斬ってみせよ」


 戦場は静まり返り、風すら止まった。

 決戦の幕が、今まさに上がろうとしていた。


──────

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