第5話 黒髪と火事
二人は村を進んで行く。
「
「……うん。」
花曇はついでに拾って来た『梅雨ヶ台の民間伝承について』の年表ページを開く
_196×年 高度経済成長による夜雲町再開発計画の一環でイメージアップの目的で名称を梅雨ヶ台に変更。
「梅雨ヶ台も大概暗い名前だよなこれ」
「……。」(確かにの意)
「とにかくこの農村が50〜60年以上は昔の物って事は分かった訳だ」
「…!」
花曇は突然何かを思いつくと鞄から紙とペンを取り出して何かを書くと近くの民家の玄関にねじ込んだ。入道が怪訝そうに聞く。
「何してんのお前」
「…予言書」
「改めて何してんのお前」
古い民家が並んだ通りをつきあたりまで進むと大きなお屋敷が見えて来た。門をくぐってみると立派な蔵が母屋の隣に立っている。やはり明かりはついていない。
「なあミゾレ、長者の家ってこれかな」
「…多分」
蔵の鍵は閉まっていた。
屋敷の方に回る。こちらは開いていた。
玄関をくぐると、うすら朱い光が目に止まる。
座敷で
「誰かいるのか?」
「…罠かも」
目を凝らしてみるが人の気配はない。
とりあえず座敷に上がり部屋の中を漁ってみた。入道は押入れの中を探している。
花曇は床の間の引き出しを開ける。
鍵束があった。その中から蔵とだけ書かれた鍵を取り外す。
どすん
何かが落ちる音がした。外に目を向ける。月の光に青白く照らされた障子に黒い線がいくつも縦に走っていた。それが髪の怪と気づくのにそう時間は掛からなかった。
花曇と入道は即座に屋敷を脱出しようとする。
その時、ちゃりんと音を立てて花曇の手から鍵が滑り落ちた。
「…?」
花曇は手に目を向ける、袖口から黒い髪が覗いていた。風も無いのに行灯の火が揺れる。
そこに映ったのは天井や壁を覆い尽くす程に、蔦のように張り巡らされた黒い髪、髪、髪。
その隙間から無数の目がこちらを見ている。
くろ、ちょうだい
髪の怪は既に内側にいた。
「__ッ⁉︎」
既に花曇の足元まで迫っていた髪が足先から背中を這って
「ぅぐッ」
邪魔をするのなら容赦はしないとでも言いたげに首に巻き付いた髪はきつく締め上げられていく。
息ができない、声が出ない。
だがそれは二人の意思疎通を阻むには不十分。
「…!!」
花曇の目線と表情を読んで入道が走り出す。
壁や天井から襲いかかる髪の毛が入道に迫る。
それが彼女の四肢を捕えるより速く、入道は行灯を倒していた。油を入れた皿がひっくり返り火が畳に燃え移る。たちまち燃え広がった火が床を這う髪に引火する。
髪の怪がけたたましい悲鳴を上げ、のたうち回っている。二人を縛る髪の束縛がほどけていく。
燃え盛る炎の中、焦げる髪を伝う様に二人に記憶が流れ込んでくる。
*****
格子窓が見える。
蔵の格子窓の先、白髪の娘が行儀よく座っていた。長者の忌子である娘は時折り格子窓を見つめては溜息を吐いた。外からは子供の遊ぶ声が聞こえる。娘はそれを羨ましそうに聞き、そして少し微笑んでいた。娘は年を追うごとにやつれていった。私は何もできなかった、私は呼ばれた場所以外に立ち入る事を許されていなかった。娘が十六の歳の秋、彼女は格子戸の外を見て言った。
「明かりを頂戴」
透き通る様な綺麗な声だった。
初めて彼女に何かしてやれると思い、私は深く考えずに火のついた蝋燭を渡した。
渡すと娘は少しだけ笑っていた。
私はそれが嬉しくて、気づいてやれなかった。彼女がもう諦めてしまっている事に。
やがて蔵から煙が立ち上る、娘が蔵の書物に火をつけたのだ。格子窓に駆け寄る、そこにあった物を見て私は声を失った。どうどうと音を立てて燃える炎と煙、崩れていく木の中、真っ黒に焼け焦げていく己の髪を見つめ、子供の様に声を上げて笑う娘だった。
あはははははは!黒じゃ!縁起の良い黒髪じゃ!おっかあ、私は外で遊んで良かろ!長者屋敷の立派な黒髪じゃ!あははははははは!!
そう叫ぶ娘の目には涙が伝っていた。私はどうしても蔵に入る事ができなかった、入れたとて娘を救う事はどうしてもできなかった。娘はやがて焼け死んだ。
娘は殺されたのだ、縁起や風評などとつまらない物を恐れた一族に、何もしてやれなかった私に、殺されたのだ。
憎悪が、後悔が私の中を満たしていく、黒髪さえあれば、たったそれだけがあれば娘を救えたのだ。遅いのはわかっていた。それでも欲しい、そんなに沢山あるのなら、よこせ。もっとだ、足りない。黒い髪を、黒く黒い髪を黒黒ろ黒く髪黒くろく髪ろ救頂戴黒を_
くろ、ちょうだい
その日私は、怪物になった
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つづく
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