計り知れない娘 ※白李視点

 蛇目家に戻ると、既に夕刻になっていた。

 自室へ戻り、いくつかの書き仕事をして、食事をとる部屋に向かう。


 現人神として生まれたのち、ひとりで生活できる歳になる頃には、神の使いが住む場所として専用の屋敷を与えられる。これは神の使いとして生まれた者の宿命で、かつて曽祖父もこの屋敷に住んでいたらしい。


 白李はもうずっとこの屋敷にひとりだ。

 現人神だからと特別扱いされているからではない。こうして隔離されるような生活をしているのは、単に親族から恐れられているからだ。

 心を見透かす目は、関係性が近い人間の心ほどよく見える。ゆえに、血縁者であればあるほどよく読めてしまうため、みな白李には近づかない。

 己の人間性を嫌っているわけではないとわかってはいても、孤独なことには変わりない。


 だからこそ、今朝は新鮮だった。

 誰かと食事を共にしたのは久しぶりだ。誰かと一緒に食べるご飯は心が休まるのだと知れたのは、ひとつの発見だった。


「失礼します、白李様」


 こんこんと戸を叩く音がして、食事を運ぶための台が部屋の中に入ってくる。

 いつものように給仕係が持ってきたのだろうと思ったが、台を押していたのは澪だった。


「なぜ澪が食事を……?」

「澪様に手伝っていただいたのですよ。何もせずに部屋に籠もるのは性に合わないと言われまして」


 目の前に置かれた煮物や焼き物などを見て、盛り付けの仕方がいつもとは違うことに気付く。

 生贄へとして捨て置かれた澪を見たとき、てっきり何もできない生娘かと思ったが、どうやらそれは間違っていたようだ。

 すべてが解決したら外に出せばよいと考えていたため、何もさせないつもりでいたが、澪自身が仕事を望むのであれば部屋に閉じ込めておく道理もなかった。


(ただそれにしても、これは随分……)


 手練の仕事のように思う。

 配膳を終え、席に着いた澪の代わりに、平野からすべて澪が作ったのだと聞かされた白李は素直に驚いた。

 箸を持ち、汁物や煮物などに口をつけ、ふむと頷く。


「……味も悪くないな」


 むしろ、ちょうど良すぎるほどだ。

 聞けば、料理以外にも、掃除や洗濯もしようとしたのだと平野に耳打ちされる。

 生贄にされるぐらいなのだ。村では、あまりいい扱いを受けていなかったのかもしれない。


 ――だとしても、ここまでだろうか。


 痣があるとはいえ、両親ぐらいは娘を大事にするものではないだろうか。

 白李とて、両親からは寵愛を受けて育ってきた。今はやっと暇ができたからとこの家を空け、別のところで悠々自適に暮らしているが、それでもたまに会えば白李を可愛がってくれる。

 だから、白李には澪の置かれてた状況が想像できなかった。


(相変わらず、心も読めない)


 澪の心は白李の目でもってしても読めない。この近さであれば、人間である澪の心の声が聞こえてくるものなのだが、彼女からは何も感じられなかった。


「あの、なんでしょうか……?」


 じっと見ていたことに気付いたのか、澪がおずおずと尋ねてくる。

 その姿はまるで小動物のようだった。よくよく見れば髪の長さもまばらだ。肌艶もよくなく、手先も荒れている。

 いつもならば人に対して無関心な白李も、さすがに彼女の見た目には気になるところがあった。


「澪、ここで生活するうえで、不便はないか?」

「特には……ないです。食事も、寝床も、用意してくださってますし……」

「それ以外には? 着の身着のままでここへ来ただろう? 何か入り用のものなどあれば手配するが」


 生憎、仕事柄様々な商品がこの家に集まる。欲しいものはなんでも手に入るのだ。せめて、手指のあかぎれを治す薬と、身なりを整えるものぐらいはあったほうがいいかもしれない。

 そう、白李ですら思うのだが、澪は首を振った。


「特には思いつきません」

「……そうか」


 あまりにも欲のない返事に、白李は拍子抜けしてしまう。


 過去、白李は結婚適齢期なこともあり、様々な女性と顔を合わせてきた。強引に縁談を組まれ、見合いをしたことだってある。

 名ばかりの婚約者もいたことがあったが、彼女たちはみな例外なく蛇目家の資産に目が眩み、まだ夫婦になると決まっていない段階から好き勝手に金を使おうとした。

 また、みな心の底では白李の能力を気味悪がりながらも、見てくれと羽振りだけは良いからと傍にいようと媚を売ってきた。

 しかし、どれだけ取り繕っても、白李の前では嘘をつけない。すべて、目を通して心の声を読めてしまうからだ。

 だからこそ、澪は今まで出会ったどの女性よりも控えめに見えた。むしろ、気味が悪いほどに静かだ。


 白李はじっと澪のことを観察しながらも、黙々と手作りの料理を口に運ぶ。

 優しく温かな味わいは、何度でも口にしたいと思えるほどで、気付いたら多めに作ったからとよけてあった分まで口にしていた。

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