儂の名前は浦島太郎。竜宮城で乙姫と14年暮らして戻ってきたら2025年の現代日本だったので、過去の知識を使ってのんびり過ごしてみたのじゃ。
カジキカジキ
第1話、助けた亀に連れられて
ここは、東京湾から沖合数十kmの海中。海の中を何かが、真っ直ぐに東京湾を目指して進んでいた。
全長は一.五m程、全身を硬い甲羅に囲まれ、水面でも水中でも、ある程度陸上でも活動出来る生物『亀』。爬虫類の中でも甲羅と言う独特の進化を遂げた生物。
その生物が、背中に人を乗せて海中をずんずんと進む。
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「亀よ、お前さんにも長い事世話になったな」
亀は何も話さず、ただコポッと泡を吐いた。
儂は、十四年過ごした竜宮を後にして、三浦の里に帰っている所だった。
「それにしても……何だか海の中が真っ黒じゃな? 外は夜なのか?」
儂は、周囲が見えない事が気になり、亀に言って早々に海の上に出て貰ったのじゃが。
「何じゃこりゃあー」
儂の目に、空を繋ぐ大架け橋が飛び込んできた。
海の上は青空が広がっておった、だと言うのに海の中は真っ黒じゃったのだが、その理由はすぐに分かった。海の色が真っ黒なのじゃ、あんなに綺麗だった三浦の海が、真っ黒な海になっておる……。
儂が、目の前の景色と真っ黒な海に心を奪われて呆けている間にも亀は泳ぎ続け、やっとほんの少しの緑が見える海岸へと辿り着いた。
海岸と言っても砂浜はなく、真っ直ぐに区切られた壁に波が弾かれておる。そして、驚くほど多くの人々がこちらを見て騒いでおった。
「何あれ!?」「What's that?!」「マジで!? 人が乗ってる?」「動画撮って! これヤバいっしょ」
儂と亀が海岸に近づくと、陸にいる人々が儂らを見て騒いでいた。分かる言葉も聞こえて来るが、どうにも妙な言葉使いをしておるな?
「よっこらせ!」
海岸は、ずっと波を弾く白い壁ばかりで砂浜はなかったが。少し出張っている所に階段があり、そこから陸に上がる事ができた。
周りには随分と人が集まり、儂の回りを囲ってザワザワしておる。手にはなにやら四角い薄い箱を持って覗いておる様だがアレは何じゃ? 何げに不愉快に感じる。
「亀よ、お主は上がって来れなさそうだ。寂しいがこれでお別れだ、達者で暮らせよ。龍宮に戻ったら乙姫にもよろしく伝えておくれ」
儂がそう声を掛けると、亀は振り返りもせず来た方角へと帰って行った。
「さてと」
儂は、亀を見送った海の方からクルリと振り返り、こちらをずっと見ている連中の方を向くと。
「すまんが誰か、此処が何処だか教えてくれぬか?」
「うわ喋った!」「日本語!」「何あの服?」「浦島太郎か?」
随分と騒がしく色々話しておるが、儂の
「うん?」
今、儂の名を呼んだ者が居なかったか?
「お主? 今、儂の名を呼んだか?」
名を呼んだと思う若者に声を掛けると。
「うわ! こっち来た」「マジでヤバい!」「あの腰のやつウケる!」「マジで浦島太郎なの?」
話してる半分程は分かるのだが、マジとは何じゃ? もっと分かるように話してくれんか?
「そこのお主、すまんが教えてくれんか?」
薄い箱を持ってジッとしている若者を捕まえ、教えて貰おうとしたのじゃが。
「うわっ! 触られた、キモッ」
大声を出して、腕を振り解かれてしもうた。
「きも?」
他の、周りで見ている若者に近寄ろうと前へ進むと。
「ヤバい逃げろ!」「コッチくるぞ!」「キャー」
たちまち人々が騒ぎ出して、儂の周りから逃げ出して行ってしもうた。
「何じゃ、今時の若者達は……」
誰も居なくなってしまい、仕方なく辺りを見回すと。
「何じゃあ……」
海の上には黒と白に塗り分けられた大きな船が泊まっているのじゃが。陸側、緑の向こうにも、とてつもなく高い塔や建物が幾つも並んでおったんじゃ。
儂は、周りの景色が理解出来ずに圧倒されて、頭がクラクラし目眩を起こしそうになっておった。
「おい……おい。そこのおっさん。こっち来い」
そんな時じゃ、道を挟んで生えている木々の影から、手招きする人の姿が見えた。
「儂か?」
思わず自分を指差して、声の主に問う。
「お前以外いるか? いいから早くコッチにこい! ボサっとしてると警察がくるぞ」
とにかく慌てている様子と「警察」と言う言葉に、何やら不穏な空気を感じた儂は、その男の方へと歩いて行ったんじゃ。
「ボサっとすんな……(近くで見るとすごいわね)」
その男は、儂が側へと来ると上から下までジロジロと見て何やらボソッと呟く。今の儂の格好は、左手に玉手箱を抱え、
「とにかくコレは外せ、そしてコレを着てろ」
その男は、儂の腰蓑を剥ぎ取って木の脇に捨てると、着てろと言って立派な羽織を渡して来た。
「こんな立派な羽織は」
儂が、羽織を着るのに
「そんな立派なモンじゃねえ、そこらで拾ったコートだ」
男は、コート? とやらを無理やり儂に着せると「ついて来い」と言って歩き出した。木々を抜けて、水が吹き出す不思議な池の横を通り過ぎて少し歩く。
「何じゃ?! 箱が動いておる! 何じゃ何じゃ! 中に人がおるのか?」
目の前を左に右にと動いてゆく箱に気を取られ、フラフラと前に出てゆく儂を、男が慌てて止める。
「おいバカ止まれ! 轢かれたいのか!」
腕を掴まれて引き寄せられると、その勢いで思わず男に抱きつく格好になってしまった。
「おっとと……」「!!」
男はすぐに離れてしまったが、今の感触は?
「ほら、行くぞ!」
前方にあった光の色が変わると箱は止まり、男が先に進むように促したので、儂らはまた歩き出した。
「お、おい。少し早うないか? 少し待ってくれ」
男はスタスタと前へと進むが、儂のわら草履では足が痛くて早く歩けない。何じゃこの黒くて固い地面は、そう言えばさっきから土も全く無くなっておるな。
男が立ち止まって儂の足元をジッと見る。
「チッ、靴も必要か」
そう言って歩き出したが、今度は少しだけゆっくり歩いてくれている様じゃった。
「何じゃ」
儂は今日、何回この言葉を言ったじゃろうか。儂の目の前には派手な門と、隣には青く塗られた立派な建物がある場所に来た。
「こっちだ」
またしても儂が立ち止まっていると、男が手を引いて門とは別の方向へ進む。手を引かれるままに何度か角を曲がって、また派手な通りに出た先には何かの店か?「古着屋」?
軒先には、多くの色が使われた派手な布が沢山飾ってあり、どれだけの豪商の持ち物かと思ったが。男はスタスタと中へ入っていき、次々と布を手に取ってゆく。
「こんなもんかな?」
男が、手にした布を儂に当てがって。
「こんなもんかな。じゃあ、コレ持って中で着替えて来い」
グイッと渡された布を持ってボッーとしておると。
「何してんだ? ほら服だよ
自分の着ている服を引っ張って同じだと説明すると。シャーっと布を開き、半間ほどの部屋で着替えろと儂を押し込んだ。儂は、男が着ていた服やすれ違った人々の服を思い出しながら、渡された服へと何とか着替える事が出来たのじゃ。
「これで良いか?」
部屋から出た儂をみた男は。
「あ、あーっと。ちょっと待ってな」
何やら店の店主とやり取りしておった様で、何かを手渡すと。笑って挨拶した後に戻ってきた。
「フム? ここはボタンを止めて、チャックは閉める。上着のボタンもこうだな。頭はどうするかな? まっ、この格好ならそこまで変ではないし、このままで良いか」
そう言うと、最後に履き物を出して来た。
「ほら、こんな風に履くんだ」
同じ様な履き物を男も履いていて、足を上げて見せる。チラと見えた足首とふくらはぎの感じは……。
「ありがとう」
礼を言って店を出た男は、少し辺りを見回してから、また隣の路地へと入って行った。儂も当然手を引かれている。
「ちょっと待ってな」
人通りの少ない路地で待たされておると、暫くして男が何かを手に戻って来た。
「ほら、腹減ってるだろ。食いな!」
そう言って渡されたのは、何やら白い塊。いや、塊と思ったがとても柔らかくしかも温かい、いや熱々で持っているのも大変な程じゃ。ジッとソレを見ておると、男はソレをそのままガブリと口へと運んでおった。噛んだ先から湯気が出て、とても美味そうじゃ。
儂も、男に真似てそのままソレを口へと運ぶ。
「熱っつ、ふぅふぅ」
「どうだ美味いだろ? 華◯楼の肉まんだぞ、一個六百円もするんだ味わって食え」
そうか、コレは肉まんと言うのか。
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