どこまでも空っぽだった
綺麗なかたちで、痛くなく。
そんなふうに消えられたらどれだけいいだろうって、思わなかった日はなかった。
まるで眠るみたいに、静かに、誰にも知られずに。
でも、それが不可能だってことくらい、ずっと前からわかってる。
そもそも、なんで「飛び降りる」って選択をしたんだろう。
冷静に考えれば、他にも方法はいくらでもあった。
ロープを使うとか、ガスとか、薬だって。
でも、それらは、どこか「途中でやめられる余白」があったから選べなかったんだと思う。
吊るのは、縄をかけるまでの時間がある。
手が止まるかもしれない、涙が出て迷うかもしれない。
ガスは窓を開ければ、全部なかったことにできてしまう。
眠るように死ぬっていう幻想も、結局は苦しくて途中で意識が戻ってしまうかもしれない。
その“逃げ道”の存在が、逆に怖かった。
でも、飛び降りは違う。
一歩、足を踏み出してしまえば、もう後戻りできない。
その“戻れなさ”に、どこか惹かれていた気がする。
考える余地も、決意の確認もいらない。
ただ一瞬で全てが終わる、それが、魅力だった。
思考も、後悔も、全部空に溶けて終わる。
そう思ってた。
でも……
わたしは屋上に立って、そのまま、飛べなかった。
心がどうこうじゃない。
足がすくんで、膝が笑って、風が顔を打って、
死にたいって願っていたはずのわたしが、生きたがってるのを、体のすみずみで感じた。
やっぱり私はまだ“消える度胸”なんて持ってなかった。
自分でそう言うのは悔しいけれど、
今こうして生きてるってことは、その証なんだと思う。
マンションからじゃなくても学校だって病院だって、
どこだって“飛べる場所”なんて探そうと思えばいくらでもある。
ただ、考えてしまう。そのあとのことを。
わたしの身体が無残に崩れて誰かに見つかるところ。
それがネットに流れて、誰かのスマホに保存されて、
無くなったはずのわたしが、どこまでも晒され続ける。そんな未来。
そんなの、嫌だ。消えてもまだ生きてるみたいだ。
それに、それを見た人達はきっと一生その光景が目に焼き付いてトラウマになる。
一生、消えない傷を背負わせてしまうかもしれない。
…なんて、他人のことを考えれてる。
ああ、わたしって、まだ他人のことを気にする余裕があるんだなって。
優しいわけじゃない。
むしろ、自分すら切り捨てられない中途半端な人間なんだって思った。
誰にも見つからない場所で、綺麗に、迷惑もかけずに、音も立てずに消える。
それが理想だった。ずっと。
けど、その“理想の死に方”を探し続けてるあいだは、
たぶんまだ、生きようとしてしまってる証なのかもしれない。
ああ、やっぱりわたしは、中途半端な気持ちだったんだ。
本気じゃなかった。
本当に死にたい人間は、もっと静かで、もっと確かに、すべてを終わらせられるはずだから。
それでも、いまもなお、この胸の内には「消えてしまいたい」って願いがくすぶってる。
消えられなかった。
でも、生きたいとも言えない。
そのあいだでぐらぐら揺れてる自分が、誰よりも情けなく思えた。
わたしはまだ、この身体に閉じ込められたまま、今日を生きている。
朝の光に顔をしかめながら、笑って「おはよう」って言えるような、わたしじゃないままで。
わたしは今日も、呼吸をしている。
ほんのわずかな希望か、あるいはただの惰性か。
それすらよくわからないままに。
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