まだここにいる
部屋のドアを閉めたとき、
世界がひとつ、音を立てて区切られた気がした。
背中で聞いたその音に、胸の奥がきゅっと縮む。
靴も脱がずにそのままベッドに倒れこむ。
天井の模様をぼんやりと見つめながら、息だけが妙に速かった。
ここに…戻ってきてしまった。
本棚は昨日のままで、空のコップも昨日のまま。
きれいにしたはずの部屋なのに、息苦しいくら
「生活の匂い」が残っていた。
それが少し、腹立たしかった。
わたしの中は、あんなにも終わりに近かったのに。
壁の時計の針は進み続けていた。止まっていなかった。
わたしのことなんて知らないで、世界は勝手に明日へ向かっていく。
わたしは結局、飛べなかった。
高いところから見下ろした街は、思ったより明るくて、
風は冷たくて、雲は自由で、
でも、
その全部が、どうしようもなく「生きた世界」だった。
その中に、自分がいない未来を本気で想像しようとしたけれど、
最後の一歩が、どうしても踏み出せなかった。
情けないと、何度も思った。
でも、ほんの少しだけ、安堵している自分もいることに気づいてしまった。
それがたまらなくて、悔しくて、目を閉じた。
いつからだろう、
「死にたい」が、「消えてしまいたい」に変わったのは。
誰にも知られないまま、わたしという存在が、そっと風にほどけていけばいいと、
そう願っていたはずなのに。
…なのに今、
部屋の空気に包まれてしまった私は、
名前を呼ばれたような気がして、まだ息をしている。
何も起きなかったはずなのに、
まるで何かが少しだけ壊れてしまったような、
それとも、まだ壊れきれなかったような、
そんな気がした。
部屋は静かだった。誰も見ていなかった。
でも、誰かに見つかった気がして
わたしは枕に顔を埋めて、深く深く、呼吸をした。
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