サラリーマン、闇の魔王になる
大崎 狂花
プロローグ
「あの・・・・・・大丈夫ですか?」
会社帰りの彼は、歩道の真ん中に蹲る異様な格好をした人物に声をかけた。会社から自宅への帰り道、小さな公園の前だった。
「あの、大丈夫ですか?」
彼が、明らかに異様と思われる格好をしたこの人物に声をかけたのは単にコスプレイヤーとかその類の人物だと思ったからだった。男は頭から角を生やし、長いマントを身に纏った長髪の男だった。
「・・・・・・」
「な、何ですか?」
長髪の男は彼のことをじっと見つめた。
「・・・・・・お前は、優しいな・・・・・・」
「はあ・・・・・・」
急にどうした、と思いながら返事をする。長髪の男は言葉を続けた。
「思えば余は人に優しくされたことなどなかった。余はずっと人の温もりに飢えていたのかもしれないな・・・・・・」
「・・・・・・一人称余?」
「お前になら、余のこの力・・・・・・預けても良さそうだ」
「え、ええ・・・・・・?ち、力?」
「というかぶっちゃけ、余はもうめんどくさくて誰でもいいから渡したい気分なのだ」
「いや何だかわかんないけど困りますよ!!そんな重大そうなことをそんな適当にやられたら!!」
「いいからいいからお前が余の力を受け継ぐのだ。良いな?」
「ちょちょちょちょ、ちょ、待っ─────」
彼の視界を暗黒が包み込んだ。
◇
「と、いうことがあってさ、僕は魔王の力を受け継ぐことになったんだよ」
「なるほどのう」
サラリーマンだったその人物、前世の名前は山田次郎は自分の身に起こった不思議な出来事を目の前で胡座をかいている人物に向かって話していた。
ここは畳の敷かれただだっ広い空間だ。山田の座っている側と人物の座っている側の二面には襖があって、2人の横には床の間、もう一方には障子があった。
「それで、目が覚めたらここにいたっていうわけなんだけど、これはどういうことなんですかね?」
山田はそう問いかけた。山田は困惑していた。あのあと、目の前を暗黒が支配したのちに山田は気を失ったみたいで道のど真ん中に倒れていたのである。そして男は消えていた。そして山田は不思議なこともあるものだと思い、住んでいるマンションに戻って、普通に寝た。
そして目が覚めたらこの和室風の空間にいたというわけである。
さらに────
「なんか僕・・・・・・女の子になってるんだけど」
山田は女の子になっていた。山田は普通の男のサラリーマンだったはずだ。それなのに今は・・・・・・
「胸重い」
女の子になっていた。胸が出ていて、お尻もそれなりにデカい。そして全体的になんかムチムチしていた。声は落ち着いた感じの、可愛いというより綺麗といった感じの声である。
「ほれ、見るか?」
「ああ、ありがとうございます」
山田が相対していた人物が鏡を差し出してきたので山田はそれを見た。黒髪ロングに黒目、顔立ちはかなり綺麗で美しく、正統派美少女といった感じだ。元々の山田の、くたびれた一般的中年男性の顔とは全くかけ離れている。
「これは一体どうなってるんだ・・・・・・?」
「それは、『魔王の力』を受け継いだ影響じゃろうな」
山田が相対している人物がそう話し出したので、山田は顔を上げてその人物を見た。
その人物は山田の常識からは全くかけ離れた格好をしていた。頭からは狐の耳が生えていて背中の方、おそらくお尻からは9本の尻尾が生えていた。服装は巫女服のようなものを着ていた。山田の本来の日常生活ではまず見ない格好だった。従って、これは夢かとも何かのドッキリかとも疑われた。山田自身の変化も、その感情に拍車をかけていた。
今の段階では夢ともドッキリとも、本物とも判断がつかない。とりあえずそれは保留にして、山田はこの狐っ子の話を聞こうと思った。
「魔王の力・・・・・・ですか?」
「そうじゃ。魔王の力じゃ。お主の話に出てきたその奇妙な男というのは、描写を聞く限り以前我らが主君として戴いていた魔王陛下で間違いないじゃろう。その魔王陛下が『余の力を受け継いでほしい』とおっしゃって、その後にお主の視界が黒くなったというのなら、それはお主が『魔王の力』を受け継いだのだと見てまず間違いはなかろう。それゆえ、この状況が現出したのであろうな」
「はあ・・・・・・」
「魔王の力を渡される時に魔王陛下が細工を施されて、お主のもといた世界から、この世界に飛ばされたのじゃろう。その体も、おそらく魔王の力に体が馴染むように変化したのじゃ。わしの元へ来たのはわしが魔王様の腹心だからじゃな。そういうことじゃよ」
「はあ、そういうこともあるもんですかね・・・・・・」
「魔王陛下は勇者どもとの戦いに敗れて以来行方知れずとなっておったのじゃが、まさか界渡りをしておるとは思わなんだ。やはり、光と闇の因縁、勇者との戦いから逃れられないというカルマから魔王陛下も抜け出したかったのじゃろうな。おいたわしや、陛下・・・・・・」
「いやそんなこと言われても知らんですけど・・・・・・というか、勝手にそんなもの渡されても僕としても迷惑なんですけど」
「よし、こうなればお主・・・・・・いやあなた様が次代の魔王陛下じゃ!よろしくお願いしますぞ!魔王陛下!!」
「ええ〜・・・・・・」
山田は困惑した。そんなことをいきなり言われたって困る。
しかし、これは夢かドッキリという可能性もまだあるし、本当に別の世界・・・・・・異世界に飛ばされたという線もある。
夢かドッキリなら別にこの流れに乗ったっていいし、もしここが本当に異世界なら・・・・・・何もわからないこの異世界で、事情を知っていて唯一頼れそうなこの狐っ子の頼みを断って、見放されるのは命取りだ。ここは適当に返事をしておいて、あとでうやむやにしてしまえばいいだろう。
「・・・・・・うんわかった。えーっと・・・・・」
「妾のことは、どうぞキョウカとお呼びくだされ」
「じゃあキョウカこれからよろしく」
「付きましては、妾に陛下の紅血を下され」
「ええ・・・・・・いいけど・・・・・・」
山田はキョウカに言われるがままに、差し出された短剣で自分の手を斬るとそこから滴る紅血を盃に注いだ。
キョウカはそれを飲んだ。これでキョウカは、山田の忠臣となったのである。
「さて、それでは陛下の御名前を決めるとするかの」
「え?僕にはもう山田次郎って名前があるんだけど・・・・・・」
「それは向こうの世界での御名前じゃろう?今はこの世界に来たのじゃから、この世界での名前を決めねばなるまい」
「はあ・・・・・・」
「何か陛下の頭に浮かんでくるものがあるはずじゃ。それがこの世界での陛下の御名じゃ」
山田はとりあえず目を瞑った。すると、目の前の暗闇に何か浮かんでくる言葉がある。それを、山田は呟いた。
「ルウフィリア・・・・・・」
「ふむ」
「ルウフィリア・グレイ」
こうして、山田次郎改めルウフィリア・グレイは異世界で魔王となったのであった。
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