シャーロック・ホームズの異界録 VI:蘇る死者の街
S.HAYA
第1章 ロンドン陥落
ロンドンが死んだ日、私はベイカー街の自室で目を覚ました。
夜明け前の空は黒く沈み、霧は濃く、通りは奇妙な静けさに包まれていた。時計の針は午前四時を指していた。だが、寝静まるには妙な胸騒ぎがあった。人の気配が、どこか違っていたのだ。
ホームズの姿はなかった。机の上には読みかけの新聞が開かれており、見出しにはこうあった。
「第三地区で発症者五十名、死体が歩き出す」
私は記事を凝視した。寝ぼけ眼を疑ったが、そこには確かに“死体が歩いた”と書かれていた。狂言か? それとも何かの比喩か? あり得ない。だが、私が思考を巡らせる間にも、どこか遠くで銃声のような音が鳴り響いた。
私は慌ててコートを羽織り、玄関を出た。
通りは――地獄だった。
血塗れの兵士が道を這い、商店のシャッターには「退避せよ」の落書き。馬車は横倒しにされ、街灯の光の中で、人ではない何かが蠢いていた。
それは人の形をしていた。だが、動きはぎこちなく、顔は血で濡れていた。眼は虚ろで、ただ喉を鳴らして、近づいてくる。
ゾンビだ。
そんな言葉を私は医学書でしか見たことがなかった。だが今、その妄想が実在として目の前にあった。私は震える手で懐中の拳銃を取り出し、狙いをつけ、引き金を引いた。
――乾いた音。
それだけでは足りなかった。奴はまだ動いていた。頭だ、脳を撃ち抜かねばならない。
この都市は、何かに感染している。
私はそう直感した。そして、これが単なる伝染病ではないことも、すぐに理解した。理屈も原因も後回しにすべきだ。まず、生き延びねばならない。
私はベイカー街を離れ、かつてホームズが使っていた秘密の避難経路――地下通路を思い出した。ホームズがいない今、私にできることは一つ。彼を探すこと。そして、彼と共にこの“蘇った死者の街”の謎を暴くことだ。
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