第11話 忠告
魔法学園は、中央公園の王城を挟んで西側。東にある天空神、豊穣神の二つの神殿と反対側の位置に門がある。
王都を象徴する尖塔は、もっぱら魔法学園の建物だ。
石造りの高い塔など、上り下りするだけでも大変そうだが、魔法の力で難なく上り下りできるのだとか。カティが教えてくれたが、知識としてあるだけで、こいつも中に入ったことは無いらしい。せっかくだからと三人で来てみたが、真下から見上げると首が疲れる。
塔の受付をしている下働きに、正門の門番にもらった入場許可証代わりの石を渡す。魔道具に押し当てると
「マイヤー教室のパルフェ・タムールより申告有り。銀タグ冒険者カーデュ面談許可。仲間二名追加」
正門の門番の声が聞こえた。
冒険者タグを確認されて、面談用の小部屋に案内される。
窓も無い殺風景さだが、温度調節の魔法でもかかっているのか、ひんやりと涼しいのは何よりだ。
待つまでも無く、パタパタと足音がして、すみれ色のローブ姿が顔を出した。
俺の他に、神官服のアルマ。身軽そうなカティと、丸眼鏡越しの視線を動かして、情けない顔になる。
「あの……正式な依頼を出せるほど、私の懐は豊かで無いのですけど」
「気にするな。ただの俺の好奇心で動いてるだけだから。いろいろ説明しておきたいことがあって、仲間二人を連れてきた。昨日は施療院の手伝いをしていた神官のアルマと、盗賊ギルドにも属する斥候のカティだ」
「初めまして。王立魔法学園マイヤー教室で学んでいます。パルフェ・タムールと申します」
かしこまって自己紹介をするパルフェ。
だが、怪訝そうに俺たちを眺め回す。
「あの……失礼かと思いますが……。女性冒険者は少なめなので、メンバー募集でも引く手数多だという噂ですけど。お二人とも、何故カーデュさんのような方と? 特にアルマさん。そんなに綺麗で、しかも回復役の神官なのに」
開口一番でそれは、さすがに失礼過ぎるだろう。
カティは爆笑してやがるし、アルマは困り顔だ。俺が説明しても、説得力に欠けるよなぁ。
苦笑しながら、不似合いらしい美少女神官が口を開く。
「私は神の啓示を受けて、カーデュさんの従者になったのです。カティは武器のメンテナンス要員……ですよね?」
「メインはそうだね。別に、こんなおっさんに誑かされたわけじゃ無いから。身も心も捧げてるのは、アルマだけだよ」
「……身も、心も?」
バフッと蒸気でも噴き出すように、パルフェの顔が真っ赤に染まる。
だから、露骨に俺とアルマを見比べるのはやめろ。
「そ、そういう話をしに来たのでは無いでしょう?」
「座の空気を緩めるための、他愛ない世間話じゃんか」
「そんな理由で、私のプライベートをバラさないで下さい」
「……否定しない」
逆に、座の空気が固くなってないか?
パルフェは真っ赤な顔して、硬直してるぞ。
下手に俺が口を挟むと、藪蛇になりそうだからなあ。この歳まで独身のおっさんに、対女子スキルを求められても困る。
夕べ、ご機嫌斜めのアルマを宥める事ができただけで、精一杯だ。まだ行為そのものは苦痛な感じだからと、前戯はともかく、後戯にも時間をかけて、悦ばせなきゃならねえんだぜ。……体力的に、おっさんにはしんどい。早く馴染んでくれないものか。
冒険者仲間にこんなことを漏らすと、「贅沢言ってるんじゃねえよ!」と袋叩きにされそうだが……。
小さく咳払いをして、強引にアルマが話を進めにかかる。
「まずご承知いただきたいのは、パルフェさん。この件に関して、あなたは動いてはいけません」
「な……何故ですかぁ?」
いきなりショックを与えて、現実に引き戻したか。
眼鏡越しの目をパチクリさせながら、パルフェが首を傾げる。まあ、自分が疑問に感じて動いてただけだからな、こいつは。
「あなたに向けて投げられたものの、カーデュさんの助けもあって避けられたナイフ。あれには、強力な毒が塗られていました。巻き添えを食って、ナイフが刺さった方が治療院に運ばれて、治療するのに治癒魔法をかけられるものが総動員されたほどです」
「その人、完治できたの?」
「いえ、力及ばず。……生命に別状はありませんでしたが、傷口の周囲に焼け爛れたような跡が残ってしまいました。……もしあなたの顔を掠めでもしていたら、大変なことになっていたでしょう」
「こんな顔でも、焼け爛れたりしたら困る……」
思わぬ話に、パルフェも身を震わせた。
普通は、ナイフを投げつけられるだけでも恐かろう。そこに危うい毒が塗られているなんて、想定外過ぎる。
「それに、気になることがあるんだ」
ここからは、カティのターンだ。
半ば脅すように、眼鏡越しの瞳を見据える。
「あんたが追いかけていたのは、『腰抜けターキー』なんて渾名されるケチなチンピラだよ。普通なら、そいつが基礎魔法力増強の薬を持っているなんて言ったら、爆笑されるレベルのチンケな奴だ」
「……信じてくれないの?」
「いや……アルマの言った通りの毒がナイフに塗られていたのなら、毒と薬は辻褄が合うよ。合わないのはチンケなチンピラと、魔法学園の学生という配役の方さ。それほどの物を扱うには、ちょいと人間が慎まし過ぎる」
「でも、実際に……」
「だから、素人が動くと危ないってぇの。あんたの同級生……ティア・マリアの家人も別に名家の使用人になったりしているわけでも無い。その子にしろ、ターキーにしろ、こんな事に関わっていそうなのが不思議なくらいだ。ナイフの件が無ければ、あたしも真面目に調べようとは思わないからさ」
「そんなに危険な事だなんて……」
「荷物の置き引きをするのに、極限魔法をぶっ放す奴はいない。あんな毒を用意するからには、それなりの犯罪が絡んでいるって考えるのが普通だろう?」
納得したのか、パルフェも素直に頷いた。
頬が青褪めているのは、予想外に大きな事件の気配に驚いているからだろうか。
「皆さんは、これから……どうするつもりなの?」
「唯一の手がかりのターキーって奴を捕まえて、訊き出してみるつもりだ。ある程度形が見えてくれば、ギルドに報告してギルドからの依頼にすることも出来るかも知れん。どちらにしろ、藪をつつけば蛇が動くだろう。パルフェは顔を見られているから、二三日は教室に籠もって、外に出るなよ」
「は……はい……」
出来れば、この娘の方にも見張りをつけておきたいくらいだ。
俺たちが勝手に動いているだけだから、そんな人手は割けないのだけれど。
早めに相手の尻尾を掴んでギルドを動かさないと、収入面はもちろん、人材面でも困る。
脅せるだけ脅したから、後は好奇心が恐怖に勝らないことを祈るしか無い。
☆★☆
「何だか、嫌な視線を感じます……」
粟立った二の腕を撫でるようにして、アルマが身を寄せてくる。
そりゃあしょうがねえよと思いながら、周囲を目線で威圧しておく。
こんなお育ちの良さそうなお嬢さんが独り歩きをしていたら、あっという間に路地裏に引っ張り込まれそうな治安の怪しい一画だ。『腰抜けターキー』とやらの隠れ家があると聞いて来た。
カティは単独で、逃げられないように裏手を張っている筈だ。
「うっ……」
据えた異臭の漂う区域に。堪らずアルマがハンカチで鼻と口に押し当てる。
昔は何かの工房だっただろうか、朽ちた切妻屋根の平屋の前で様子を窺う。カティの拾ってきた情報が確かなら、ここに逃げ込んでいるはずなのだが……。
ドアの残骸を避けるようにして、中に入る。嫌そうな表情のアルマが続く。
一見、がらんとした廃墟だが、右奥に積まれたボロボロの木箱の奥には、少し余裕があるだろう。
ゴミやぼろ切れが散らばった床には、埃は積もっていない。人の出入りがある証拠だ。
古い木製の床が、一歩踏み出すたびにギシッと軋む。こりゃあ、バレバレだな。
「ォワァァァッ!」
急に叫び声と、複数枚の板が割れる音が響き渡る。
何事かと駆け出す。
ゴミだらけの床に、男がひっくり返っていた。窓枠にしゃがみ込むようにして、カティが自慢げな顔をしている。
ああ、俺たちの足音に気付いて、窓から逃げようとした所を蹴り落とされたのか。……お見事。
大分薄汚れて入るが、確かに昨日の男だ。
俺は脇差しを抜いて、男の喉元に突きつけた。
「悪いな、ちょっと聞きたいことがあるんだが……」
「俺は何も知らねえよぉ! ただ、脅されただけなんだ。助けてくれよぉ!」
情けねえほど、狼狽えるなよ……。なるほど、『腰抜けターキー』とは良く言ったものだ。
俺も他人のことを言えた義理じゃねえけどな。
ついこの間までは、万年真鍮タブのぺえぺえだ。笑えねえよ……。
「脅されてるって、どういうことだ?」
「許してくれ……言ったら殺されちまうよぉ」
「それじゃあ。言わずに今から死ぬ?」
カティが窓から飛び降りて、ショートソードを突きつける。
俺と違って、迫力有るな。こいつは。
「ひぃっ……解ったよ。何を訊きてえんだ?」
……チョロいな、本当に。
アルマやカティと顔を見合わせる。さて、何から訊き出すか。
「お前、基礎魔力を上げる薬を持っているのか?」
事の発端だ。まず訊いてみるのは、これだろう。
所が、ターキーはきょとんとした顔で俺を見上げた。
「そ、そんな物があったら、売っ払って、もっと良い暮らしをしてらぁ……」
「それなら何で、魔法学園の学生とお前なんかが……」
「それは……うっ!」
ターキーの額に矢が突き立つ。
「チッ。向かいの屋根の上か」
「飛び出すな、カティ」
窓の向こうを白刃が通り抜けた。
先に俺が躍り出て、足元を薙ぎ払う。襲撃者は三人。続いてカティが飛び出して屋根に駆け上がった。
「アルマは自分の身を守ってくれ。こいつらを片付けてすぐに戻る」
「はいっ」
襲いかかってきた戦士の盾ごと切り裂く。
あと二人。
「ふむ……出来るな」
襲撃者のリーダーらしき男は、刀を正眼に構えた。
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