第7話 王都
「おっさん、意地張らずに見てみろよ。アルマちゃんの裸は意外に肉感的だぜ」
「うるさい。黙ってろ」
そんなことは知っているよ。……とは、男のメンツにかけても言えない。
神官としてアルマは、朝に沐浴をして肌を清めるのは日課なのだそうな。じろじろ眺めたところで、頬を染めながら「ご一緒にいかがですか?」と返されるだけで、むしろ歓迎されてしまう。
背中を向け、いざという時の為に警備しながら、チラチラ覗くのが、背徳感があって良かったのだが……。
元男爵令嬢、真面目すぎるくらいに敬虔な少女神官、まだ男を知らぬ乙女と、肌を盗み見ることすら冒涜な要素がてんこ盛りだ。
辻馬車をダントの街まで送ってから、とんぼ返りで追いかけて来たカティが合流してから、そんな楽しみも無くなってしまった。背後では、ぷっくりとしたお椀型の乳房も、もう女らしさを帯びている豊かな尻の丸みも、そこだけはまだ少女らしい淡い金色の叢を飾った乙女の谷間も。清らかな泉の水に濡れて、朝日に輝く、素肌の美少女神官の夢のような光景が展開されているというのに。
ケラケラ笑いながら野良猫娘に冷やかされては、大人として覗きなんてできるものかよ。
「だいたい、何でお前まで合流するんだ?」
「おっさんのせいで、いろいろ王都で話し合わなきゃならない事ができたんだが?」
「そりゃあ、申し訳なかったな。
からかったら、ガツンと短剣の鞘で頭に一撃を食らった。
あのヒビキとか言う奴の台詞によると、カティは風の一族とかいう部族の姫なのだそうな。
「二度と言うなよ、それ。部族のこと自体、秘密だ。それに……ただ族長の家に生まれただけじゃねえか」
「誰がどう見ても、アルマの方がお姫様っぽいしな」
不意に、カティが表情を引き締め、ショートソードに手をかけた。
何事かと、木剣を握り振り向く。
……何のことは無い。アルマが跪き朝日に祈りを捧げていた。こちらを向いて、全裸で、何一つ隠さずに。
悪戯かよ。お返しと、野良猫の頭を木剣で叩いてやる。くそっ、良い目の保養になったじゃねえか。
にんまりと笑いながら、カティは悪びれずに言った。
「やっぱり、神官は女子の方が絵になるよな。ウチのパーティのおっさん神官でも、天空神信徒だから、あれをやるんだぜ」
「覗くなよ、そんなもの……」
「隠さない方に文句を言ってよ」
そりゃそうだ。
アルマが祈りを解いたので、慌てて目を背けた。
近づいてくる草を踏む音。冷たい泉で冷えた肌が朝日に温まったのか、そよ風がアルマの香りを運んでくる。
「今日は王都に入るだけあって、アルマも正装準備だ。白いレースのガーターを腰に巻いて、絹の靴下を右、左と穿いたぞ。そして、ショーツも絹だ。飾り気の無いシンプルなデザイン。腰のリボンを今、結ぼうとしている……」
「何を実況してるんだよ」
木剣で、口の良く回る野良猫の頭を叩いてやる。
ひっかきに来る爪を、二度、三度と躱す。本気で猫か、こいつは?
「お二人とも、もう少し仲良くできないのですか?」
白いビスチェに乳房を押し込んだ、下着姿でアルマが呆れる。
ほう……神官服の下って、こんな感じなのか。この娘の場合、裸よりも下着姿の方が、いけない物を見ている感が強い。
「何、鼻の下を伸ばしてるんだよ」
股間を突っつくな、馬鹿猫。そして、見透かしたように笑うな。
こいつが、じゃれることの方が珍しいと、アルマは知らないのだろう。普通は素直に殴られたりはしない。
そのくらいには、仲が良いと思うぞ。
空色のワンピース型の法衣を被り、胸のボタンを留める。白い編み上げのショートブーツを履いて、旅装である鮮やかな空色のフード付きのマントを羽織ると、清楚な美少女神官のできあがりだ。
いけね。途中からしっかり、着替えを見ちまった。
気づいていたのだろう、アルマは頬を薔薇色に染めて、青空を振り仰いだ。
「お待たせ致しました。参りましょう」
☆★☆
道が一つ交差するたびに、街道が賑やかになってゆく。
馬やロバに荷車を引かせる者。背負子を担いで歩く者。近隣の町村から、物売りたちが集まってくる。夏至の祭りなど、どこの町や村でも行われるが、王都の祭りは華やぎが違うらしい。人が集まるなら、それだけものが売れる。商人たちも、ここぞとばかりに王都を目指す。
「珍しい品も多いけど、お祭り価格でいつもの五割増しだ。買い物には気をつけな」
唯一の王都経験者のカティが、訳知り顔で教えてくれる。
収入が急増した俺はもちろん、手紙運搬任務を達成すればお小遣いが増えるアルマも要注意だ。常日頃は倹約家だが、天空神神殿主導のお祭りだけに、神々しい天空神像とか売られていると、勢いで買ってしまいそうな雰囲気がある。
「可愛い従者ちゃんが欲しそうにしている髪飾りとかあったら、買ってやるくらいの度量を見せろよ?」
生意気なことを言う野良猫の頭に、拳骨を一つ、くれてやる。
午後の汗ばんだ視界に、高い尖塔を持つ城塞都市が見えてきた。早くも祭りは始まっているらしく、色とりどりの旗が尖塔から城壁に渡され、はためいている。
もはや人口は、城塞都市内では収まり切れぬらしい。
壁の外にもそこそこの家から、粗末な家まで広がってしまっており、畑すら作られている。政治的には、壁の外は王都の管轄外らしいが、カティ曰く、「しっかり税金は取られている」のだそうな。疫病避けもあって、下水路の整備だけはしっかり行われており、もっぱら税はそこに使われているらしい。
さすがに、正門へと続く街道は石畳で整備されており、家々に浸食されるのを免れている。
壁の外では、ここが一等地なのだろう。意外なくらいにきちんとした商家が並んでおり、貴族たちの古着が中心だが、それだけに仕立ての良い物がウインドウ内に並べられていた。
正門は、冒険者タグを見せれば素通りできる。
「何か問題を起こした奴がいても、冒険者についてはすべてギルドが対応させられるのだから、衛士はお気楽なものだ」
鼻を鳴らしてカティが皮肉るが、冒険者相手じゃあ騎士団が必要になる。警備が主任務の衛士に、そこまで求めるのは無理と言うもんだ。
壁の中は別世界だ。
祭りの華やかさはあっても、砕けた様子は無い。皆ゆったりと祭りを楽しんでいる感じがする。どこかの広場で演奏されている楽団のラッパが聞こえてくる。あちらこちらに建てられた巨大な天空神の山車は、夕暮れになると灯りを点して街を練り歩くのだそうな。
アルマが大きな瞳を煌めかせて、見ている。……夕暮れには、連れて見物させにゃマズいか。
敬虔な美少女神官も、まずは冒険者としての義務と仕事を済ませなければならない。
どこも、造りには大差が無い。冒険者ギルドのスイングドアを開く。
祭りに出かけたのか、意外にギルドは閑散としている。
俺たちがギルド長を呼んでもらっている間に、アルマは郵便物を窓口に渡して、任務完了。銀貨を手にした。
「ん? 連絡では、剣士一人と従者一人との話だったが……カティ、あんたいつから従者になったんだい?」
「そんなわけねえだろ! あたしはただの付き添いだよ。従者はあっちの美少女」
「付き添いねえ……」
王都のギルド長は、すっりと背の高い銀髪の老婆だ。
きちっと髪を結い上げ、鷲鼻に老眼鏡らしい鼻眼鏡を乗せている。元の職業は判別しずらいが、金勘定や書類仕事はきっちりこなしそうなタイプだな。
顎で示して、先に階段を上がってゆく。
迷ったが、今日はアルマも連れて行こう。俺から離れる気が無ければ、必ず巻き込まれる。
一度、きちんと説明しておいた方が良いだろう。
この後の俺自身の身の振り方も含めて、考えにゃあならんことが多すぎる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます