3-3



*****



 湯浴みを済ませてたくを整えたケイトは、ようやく部屋へもどってきた。


「今日は疲れたな……」

 

 この家には個室がふたつあり、そのひとつをケイトが使用している。

 部屋には、出入りしやすそうな大きな出窓がひとつ。それから、足を伸ばしてゆったり眠れる大きめのベッドとサイドテーブルが置かれている。

 看病されている時から使っているのでなんとなく自分の部屋のように思っているが、なにも言われないということはこのままでいいということなのだろう――などと、ケイトは思っていた。ベルが来るまでは。


(なんで彼女が……!)

 

 部屋に入ってきたベルは「まだ寝ていなかったの」と言って、ケイトをベッドに押し込んだ。母親が子どもにするみたいに毛布をかけられて、流されるままおやすみのあいさつをされて、ケイトは固まる。

 しかも本来そこで去るはずのベルが、ゴソゴソと一緒の毛布にもぐり込んできたのだ。


(まさか、この部屋で休むのか?)

 

 ケイトとベルの眠る時間、レティが入れ替わりで食料調達へ向かうことが多いため、ベルはもうひとつの個室で休んでいるものと思っていたが、慣れた様子からどうやら違ったらしい。


(噓だろ……)


 呆然と見ていると、毛布を顔の周りに寄せ集めてほおりをしているベルと目が合った。

 のたてがみのようで、ちょっとかわいい。


(いや、かわいいっておかしいだろう。相手は魔族だぞ!)

 

 どうなっているんだともんもんとしているケイトへ、ベルが眠たげな声で語りかけてくる。


「ねぇ、ケイト。人の国には四季があると習ったわ。どんな感じなの?」

 

 ベルの様子があまりにもふつうで、自分のほうがおかしいような気がしてきた。魔族相手にドキドキしていることを気取られたくなくて、平静をよそおう。


「俺の故郷では、雪解けとともに春が始まる。あらゆるものが若返ったように、花々はほこり、鳥たちはさかんに歌うようになるんだ」

「ユキって、なに?」

「冬の寒い日に、空から降ってくる氷のけっしょうだ。降り積もると地面が真っ白になる。太陽の光を反射すると、キラキラ光ったりもする」

てきね」

「ああ、とても美しい景色だった」

 

 魔王とうばつの旅路の、数少ない良い思い出だ。

 苦労だらけの旅だったが、思い返してみると悪いことばかりでもない。ふたつ、みっつと思い出をこしていくうちに、仲間のことが気になってくる。


「ボルグ、ウィロー、聖女……。みんな、どうしているだろう?」

 

 口をいて出た言葉に、ケイトはハッとした。慌てて隣を見るもベルはすでに夢の中で、安堵の息をく。


(それにしても……ベルはあまりに無防備じゃないか?)

 

 いや、無防備なのは自分のほうかもしれない。ベルがベッドにもぐり込んできたことに、まったく気づいていなかったのだから。

 体調を崩していた時ならまだしも、今はもう元気を取り戻している。そんな言い訳は通用しない。

 認めたくはないが、無意識のうちにベルに気を許しているのかもしれない。寝ている間も彼女の存在を脅威として扱っていないのは、おそらく、看病を受けるうちに心を許してしまったからだろう。


「……なんてこった」

 

 思わず漏れた声に、ケイトは眉をひそめる。

 どれだけ警戒していたつもりでも、心の奥ではすでにベルのことを信じてしまっている。そんな自分の無警戒さに呆れてくる。

 深いため息を吐いたところで、寝返りを打ったベルがケイトのほうへ転がってくる。毛布をかけ直してやりながら、ふとケイトは疑問を抱く。


(気づかないうちに、するりとふところに入り込む……これは、魔族のじょうとう手段なのだろうか?)

 

 人の国では魔族は悪だと習う。ざんぎゃく非道で、人にわざわいをもたらし、悪の道にさそい込む存在。それが、魔族。


(悪者は悪者らしく、ただれた生活を送っているのだろうと思っていた)

 

 実際、人の国にある書物にはそのようにえがかれている。だが、地の国で過ごす時間が増えるのと比例するように、ケイトの中にある魔族像は変わりつつある。

 ベルは言っていた。地の国は、瘴気のせいであらゆる動植物が強くならざるを得ないと。

 毒の中で生きていくためには仕方がないことだろう。人の国でも火山周辺の植物がガスに強いという話はよく聞くことだから、似たじょうきょうなのかもしれない。

 地の国に住まうのは、角やつばさ、獣耳が生えているような者だけれど、瘴気をこくふくする過程で進化していった結果なのだと思えば、ちっともおかしくはない。


てんがいくな」

 

 ケイトは、今まで志や考え方をつらぬくことが美徳だと思って生きてきた。

 魔族を憎むこと。地の国にけん感を抱くこと。勇者になること、あり続けること。

 だからこそ魔王に敗北したあの日、ケイトは死をかくすると同時に、勇者という役目から解き放たれることに安堵していた。

 青のひとみを片方しか持たない、そこないの勇者。

 人の国の大司教から「人々に余計な心配をさせないために、はく色の目はかくし通せ」と命じられ、人の前に立つ時は使用すれば三時間、目の色を変えることができる魔法薬を点眼し、隠していた。

 周囲から勇者様としたわれるたび、人々をだましているようで心苦しかった。

 罪悪感から逃げたい。

 解き放たれたい。

 そういう気持ちがあったから、仲間を逃がして一人、おとりになる道を選んだのではないか。


「まさか地の国のほうが生きやすいとは」

 

 この地のやさしさがいつわりでないのなら、それを築いた魔王は、たみを思う心を持った魔族なのだろう。そんな相手をとうとしていた自分がどれほど浅はかだったか、思い知らされる。

 自嘲気味な笑みが、自然と浮かぶ。

 どこを取っても、自分という人間はいっかん性がない。そんな自分に、ふと心が折れそうになる。そして、まだ折れるだけの感情が自分の中に残っていたことに、じょうちょが揺らぐ。

 自己嫌悪にさいなまれもんもんとしていると、たまたまベルの手がケイトの手に重なった。じわりと感じる優しいぬくもりで、心がほぐれていくのを感じる。

 ちらりと隣を見れば、食事している夢でも見ているのか、口元を緩ませて幸せそうに眠るベルの顔。

 気が抜けて、ケイトの表情が和らぐ。おかげで眠れそうだ。


「おやすみ、ベル」

 

 ありがとうの代わりにベルの額へおやすみのキスを落とし、ケイトは毛布にもぐり込む。


(魔族に感謝するなんて複雑な気分だな)

 

 だけれど―― 、


「いや、こういう時こそ〝なんとかなる〞だ」

 

 苦しい時ほど、情けない時ほど、ポジティブに。

 両親からの大切な教えをつぶやき、ケイトは自身をはげましながら目を閉じた。



*****



 翌日、ベルは朝からレティに文句を聞かされていた。

 隠しておいたアナウサギの毛皮を見つけたレティは、ベルとケイトが人の国の食べ物を食べたことを察し、溜め込んでいた不満をばくはつさせてしまったらしい。


「ひどいですよ、姫様……そうでなくても最近、あまり構ってくださらないのに……私も姫様と一緒にお料理したかったし、ご飯食べたかった……」

 

 大きな尻尾が、げんふくがっている。尻尾を抱えながら、レティはぶぅぶぅと文句を垂れた。

 本人はしんけんおこっているようだが、ベルにはかわいいだけ。しまりのない顔で見守りながら、やさせてもらう。


「聞いていますか、姫様?」

「分かった。おびに朝ごはんを作ってあげる。それで機嫌を直して?」

 

 大してなやみもせずに、レティは答えた。


「直します!」

「リクエストはある?」

「カナカナ鳥のオムレツが食べたいです!」

「それなら、卵を探しに行かないとね」

 

 地の国の森ならどこにでも生息しているカナカナ鳥は、あわい緑色をした半とうめいの翼を持ち、朝と夕にカナカナとはかなげな声で鳴く。卵は美味だが気配をつことにけているので、見つけるのがなかなか難しい。


たんさく魔法が使えれば、あっという間に見つかるのに……姫様、うらわざとかないんですか?」

「ないわね。でも、苦労した分だけおいしく感じられるはずよ」

「苦労せずとも姫様が作るものは、なんだっておいしいですけどね!」

 

 手放しで褒められて、悪い気はしない。レティの期待に応えたいとベルは熱心に卵を探し続け、その結果、十個もの卵を見つけた。

 特大のオムレツを前にして、レティが大はしゃぎしたのは言うまでもない。


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