魔王の娘ですが、拾った勇者に懐かれました ~禁断の恋? それっておいしいの?~

森 湖春/ビーズログ文庫

プロローグ

 雲間に見えるのは、きょうちょうを示す赤い月。絶え間なくうねるらいこうは、空をけるじゅうのよう。

 

 呼吸することさえままならないしょうが視界をさえぎるここは、地の国。この世界の最下層であり、魔族が巣くう地だ。


「勇者よ、おまえの実力はその程度のものなのか?」

「くっ……!」


 こんしんいちげきを食らわせるどころかかえちにされ、勇者ケイトはひざをついた。

 くやしそうににらみつけるその先にいるのは、地の国をべる魔王。戦いが始まってからしばらくつが、彼はその場から一歩たりとも動いていない。

 

 対するケイトの背後には、たおす聖女の姿。戦士ボルグと魔法使いウィローはかろうじて立っているものの、戦力はなきに等しい。このままではぜんめつするのも時間の問題である。


「ケイト、しっかりしろ!」

「ボルグ……」

 

 魔王とのあっとうてきな力の差を前にケイトの心はくじけそうになっていたが、気合いでなんとか立ち上がる。だが――。


(ここまでか)

 

 持ちうる手段をすべて講じて戦いにいどんだが、魔王は予想をはるかにえる強敵で、命をしても倒せるとは思えない。

  ここへ至るまでに出会った人々の顔と彼らからたくされた思いがのうをよぎる。

 みんなの期待を裏切れない。しかし、魔王とうばつはもはや不可能。それならば……。


「ボルグ、ウィロー。ここは俺に任せて、人の国へもどれ」

「おまえだけを残していけって言うのか!」

「そんなこと、できるわけないじゃないですか!」

だいじょうだ。俺には神の祝福がある」

 

 ケイトは死をかくしながらも、それをおくびにも出さず、きっぱりと言い切った。

 ケイトの持つ神の祝福は、状態異常を無効化し、回復力を上げる効果がある。

 聖女のやしがなく持ってきた道具もすべて使い果たした今、戦えるのはケイトだけ。


「俺は残るぞ。帰りを待っている家族なんていないからな」

「ボルグ、すべてが終わったら女遊びを卒業して家庭を持つんだと言っていたな」

「僕も残ります」

「ウィロー、けんわかれしたおしょう様と和解したかったんじゃないのか?」

 

 人の国に残してきた未練をきつけられたボルグとウィローは、自分たちがお荷物になっている自覚もあって、不本意ながらケイトの提案を受け入れる他ない。


「さぁ、聖女を連れて早く行くんだ!」

「…………すまん」

「態勢を立て直して、必ずケイトさんをむかえに来ます!」

 

 ボルグとウィローは意識のない聖女をかかえ、走っていく。

 ケイトはこれでいいと笑いながら、魔王をえた。


「別れは済んだか? おまえの覚悟をたたえ、やつらはのがしてやろう」

「そのはいりょ、痛み入るぞ、魔王!」

 

 ケイトはけんを構え、駆ける。


「おまえは我にれることなく死ぬであろう」

 

 魔王の宣言とともにさんのフォークが空をくし、雨のように降り注ぐ。フォークのせんたんほおかすめても、体に突きさっても、それでもケイトは魔王を見据えて前へ進んだ。しかしついに、道半ばでちからきる。


(ボルグとウィローはおおせただろうか)


 倒れ臥した体は動かず、頰に伝わる地面の冷たさだけが、ケイトを現実につなぎ止めている。視界はじわじわとせばまり、世界のはしが黒くりつぶされていくようだ。

 音も色もうすれていく中でも、たしかに感じる魔王の気配。それがじょじょに近づいてくる。


「今代の勇者は戦いがないな。神の祝福がち始めたか?」

 

 一歩、また一歩と魔王は近づいてくる。そして││ カツン、となにかをったような音がした。


「これは……おまえのものか?」

 

 ケイトはぼんやりと魔王の動きを目で追い、彼の手にあるブローチを見て必死に手をばした。


「くっ。それだけは……!」

「ほう。こんな腹の足しにもならないようなもののためにあらがうとは……勇者というものは

つくづくおろかで、見ていてきん」

 

 倒れ臥したケイトのかみつかんだ魔王が、顔をのぞき込んでくる。

 このきょで逃げることは不可能。死を覚悟したケイトが力をしぼって睨みつけると、魔王はギョッと目をき、どうようした声を上げた。


「おまえ、その目の色は……」

 

 おそれるようにケイトを手放し、魔王がさけんだ。


「ルシフェル! そこにいるか」

「はい、ここに」

 

 ルシフェルとは、魔王の第一子のことだろうか。たしか、ごうまんあくへきを持つ王子、そして次期魔王とうわさされる者だったはず。


(俺たちを迎えちに来たのは、魔王だけではなかったのか……)

 

 魔王を倒せたとしても、ルシフェルと連戦になっていれば負けていた。どうあが掻いても、

勝てる見込みなどなかったのだ。


(俺の判断はちがっていなかったのだな)

 

 少なくとも三人は助けられたのだ。負け勇者にしては、まずまずの結果を残せたと思う。


「ルシフェルよ、この者をろうへ連れて行け」

「牢へ? 父上、勇者にとどめを刺さないのですか?」

「おまえには関係ない。いいからこの者を牢へ入れ、アスモを呼ぶのだ」

「なぜアスモを……いえ、分かりました」

(たしかアスモも、魔王の子だったは、ず……)

 

 引きずり込まれるように意識が遠のく。

 重たくて仕方がなかった体が急に軽くなり、だれかに持ち上げられたのだと思ったところ

で、ケイトは意識を失った。


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