小話 新しい道
――ボーモント辺境伯領
シルヴァンティア王国の首都セントラルディアからアストリア街道を馬車で1週間。
アストリア街道の終着点でありボーモント辺境伯領の城がある領都フォルティナに私とフェリクスは訪れた。
あの日、何か手掛かりを掴まなくてはと意気込んで訪れた時にはじっくりと見回す余裕もなかった。
フェリクスが手綱を取る馬上でフォルティナの街に入る門をくぐる。
ここは堅牢な城砦を備えたフォルティナ城を中心に、焼きしめた赤煉瓦と漆喰の街並みに乾いた風がすり抜ける美しい街だ。
街の中はいつか古物商を巡り歩いた時と同じく、隊商が行き交い物売りの呼び声が飛び交う。
交易の街だというのを改めて実感する。
今回、私とフェリクスはここに任務で訪れている。
ただし、同じ任務というわけではない。
フェリクスは騎士団第一隊の副隊長として、辺境騎士団との交流人事の調整に。
私は魔術師団クリューソス隊から辺境騎士団内の分室に応援要員として派遣された。なんでもフォルティナ城にある設置型防御陣の中に解読できないものがあり、魔術史学の研究経験を買われて要請が入ったらしい。
今回なぜ一緒にここにきているかという話をするとちょっと長くなる。
今、私たちは婚約はしたものの、婚礼の予定はたっていない。
なぜなら、我が国はこの後ずっと争ってきたノルヴァルトとの間で平和協定の証として王太子ヴィクトル殿下とエレーナ王女殿下の婚姻が控えている。エレーナ王女殿下の輿入れには護衛や侍女などの人員のほか、婚礼のための衣装や王女の手まわりの品を運ぶための馬車など大所帯での移動となる。道中の宿泊に備えた警備など事前調整で騎士団第一隊であるフェリクスはフル稼働状態なのだ。
自分の結婚のための準備などできようはずもない。
そんな私たちを見かねて、第一隊のシュバルツ隊長とクリューソス隊のハルト隊長の間で仕組まれたというわけだ。
「どうする? 先に宿を取るか?」
ゆったりと馬をすすめながら、後ろからフェリクスの声がかかる。
街は陽が傾き始め、オレンジ色に染まり始めている。
「そうね……今から王城に行くのはご迷惑かも
明日の朝の方がいいかもしれないわ」
街は夕食時のために食堂からは仕込みの美味しそうな香りが漂い始めている。
フェリクス一人なら辺境騎士団の隊舎を借りるのだろうが、
「なぁに、婚前旅行だと思って楽しんでこい」
と、レオ隊長とハルト隊長に二人分の出張旅費まで渡され、私の道中の護衛も任務だと言われてはどうしようもない。
「フォルティナに来ても隊舎ばかりで市街には詳しくないんだが、宿でどこかいい場所を知ってるか?
君はしばらくここに住んでいたんだろう?」
「あぁ、それなら……」
たしか、前レイナルドに案内してもらった地元民オススメの煮込み料理の店が宿もやっていたはずだ。
厩舎も裏にあった気がする。
場所を案内すると、フェリクスは馬を向けた。
宿も無事に取れ、フェリクスが愛馬の世話をするというので、先に客もまばらな1階の食堂に降りる。
カウンターの隅に腰掛けていると、目の前に果実水を置かれた。
「あの、まだ注文はしていな……」
「やぁ、綺麗なお嬢さん
お一人かい? これは僕からお近づきの印に」
懐かしい声、暖かなシトラスとシナモンのスパイシーな香り。
そこにいたのは、癖のある金髪に青い瞳、白いシャツをいつものように着崩して黒のトラウザーズを履いたレイナルドだった。
(レイ……)
優しいレイ。
私の身を案じて心を痛めてくれた。
いつも冗談を言って笑わせてくれた。
好奇心旺盛な猫のようで、でも剣を取るとあんなに強くて。
懐かしい……。
過去のフォルティナの日々を思って涙が出そうになる。
(でも、彼は初めて会う人よ……あの時のレイはもういない)
「どうしたの? 悲しい顔をしているよ」
「ごめんなさい、大丈夫よ
少しだけ、今はいない人を思い出しただけ」
レイが置いてくれた果実水に口をつけ、気持ちを落ち着かせる。
シトラスの爽やかな香りが口いっぱいに広がった。
「そう……僕はその人に似ているのかな?」
いつかと同じまっすぐな青い瞳。
癖のある金髪。
「どうしてそう思ったのか聞いても?」
「君が振り返った時、懐かしそうな顔してた」
「そうかしら?」
「後は……、知らない男から受け取った飲み物を、君が何の疑いもなく口をつけたから」
レイはいたずらが成功したような顔をして笑う。
「そうね……私はリナリアよ
あなたは?」
「レイって呼んで」
「これで知らない人じゃないわ」
レイは唖然とした顔をすると声を上げて笑い出した。
「ははは! じゃぁ、リナって呼んでも?」
「それは許可しない」
憮然とした声が割って入る。
そこには馬の世話を終えたのだろうフェリクスが立っていた。
「女性を口説いている時に無粋だね」
「彼女は私の婚約者だ、レイナルド・ボーモント」
いきなり名前を言い当てられたのが癪に触ったのかレイが騎士隊長の顔になる。
「へぇ、フェリクス・アシュフォードが婚約したとは聞いていたがこんな綺麗なお嬢さんとはね
リナ、こんなガチガチの頭固そうなのやめておいたら?」
レイとフェリクスの間に火花が散っているような気がする。
合わないとは思っていたけど、こんな最初の最初から喧嘩腰になるなんて……
「まぁ、二人とも座ったら? ここは煮込み料理が美味しいのでしょう?」
狭いカウンターに騎士二人に挟まれて腰掛けるとさらに狭くなるのだが、もうやむを得ない。
「リナ、よく知ってるね
ここは地元民オススメの隠れた名店なんだ
フォルティナには来たことがあるの?」
憮然としたままのフェリクスと陽気にしゃべるレイに囲まれて、懐かしいシチューを味わった。
名残惜しそうにするレイと別れて、2階の部屋に上がると扉を閉めた途端フェリクスは私を抱きしめた。
「リナ……」
心なしか震えている。
「フェリクス……大丈夫よ
私はずっとあなたの側にいるわ」
いくつもの可能性を巡ったフェリクスは何度も何度も私が他の男性と結ばれるのを見た。
あのレイとも……そういう可能性もあったのだ。
冷たい頬を包み込むように両手で挟んで唇の端にキスをする。
すると、顎を取られフェリクスは私に口付けた。すぐにそれは深くなる。
「君をもう失いたくない
誰にも、渡したくない
ずっと……ずっと君だけを……」
祈るように目を閉じたフェリクスの額に私の額を重ね合わせる。
「私もよ……ずっと一緒にいたい……」
私たちはそのままお互いを温め合うように抱きしめ合った。
このまま溶け合うように一緒になってしまえばいいのに。
二つで一つ。一つでは意味を成さない。
一人の人生は寂しい。
「リナ、あいつには一人で会うなって言ったよな?」
はっとしてフェリクスを見上げると目がすわっている。
お酒は……、少し飲んでたかしら?
「え? あんなの不可抗力よ」
「不可抗力、ね……
随分楽しそうだった」
ここでは初めて会うとはいえ、懐かしい旧友で私にとっては大切な友人だった。
だがそれを正直に言うと火に油を注ぎそうな気がした。
自然と目が泳ぐ。
「自分が誰の婚約者なのか、ちゃんと分かってもらう必要がありそうだ」
「え? ちょ……ちょっと待って!」
「十分待ったさ」
その夜フェリクスによって「分からせ」られたのだが、それはまた別のお話。
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