4-6 慟哭の中で

  私は真っ暗で自分の周りだけが淡く光る水をたたえた空間に蹲っていた。

 最初に術を発動した時もここにきた。

 そうして、帰ってきた。

 フェリクスにも副隊長にもちゃんとお別れを言えなかったけど、私の旅はここで終わり。

 最後の『幸せに』といったフェリクスの姿が眼裏に浮かぶ。

 ただただ涙が溢れて止まらない。

 貴方を助けるために今まで頑張ってきたの。

 貴方を助けることができるのならこうして自分が消えてしまってもいいと思っていたのよ。

 何もできないままフェリクスを行かせてしまうなんて。


「なんで……どうして……」


 嗚咽がもれる。どうしようもなく、悲しみだけが溢れる。


「どうなった? うまく行った?」


 そう、あの時、私はこの時間軸にいたはずの私に王女の婚礼の日まで時間を欲しいとお願いした。

 全てが終わったら帰ってくるから、と。

 だから、私もここで終わりなの。フェリクス。

 貴方と一緒ね。

 涙の溢れる面を上げて


「私が助けたかった人は……。助けられなかった……」


 自分を相手に泣き笑いのような顔になる。


「あなたをこんなに泣かせるなんて。そんな男禿げてしまえばいいのに。」


 腰に手を当てて口を尖らせる様を見て、自分も他の人にはこう見えているのかと思うと可笑しくなった。


「……うふ……うふふ。……そうよね。あなたもそう思う?」


「女を泣かせる男なんか、女の敵よ。敵!」


「そうね……、そうかも……。ありがとう、今まで時間をくれて。」


 私は立ち上がる。


「もういいの?」


 もう一人の私が優しく聞いてくれた。


「うん。もう出来ることはないの。だから、『リナリア』を貴方に返すわ。貴方の世界のフェリクスも貴方のことが好きよ。先に教えてあげる」


「え?! 嘘! ……だって、アシュフォード副隊長が? 私? いや、今も喧嘩してた最中なんだけど、そんなことある? っていうか……、『も』って何なの!」


「ふふ……、嘘みたいでしょう? でもそうなのよ。貴方は私でしょ? 貴方の気持ち、知らないわけないでしょう?」


 そうだ。

 ずっと喧嘩しながらも、真面目で責任感が強くて本当は優しいのに素直じゃなくて……

 そんな彼がずっと好きだった……。

 私も素直じゃないから、喧嘩してしまうのだけど……。


「いや、そうだけど! そうじゃなくて!」


 焦るもう1人の自分に手を伸ばす。


「もう一度言わせて……時間をくれてありがとう」


 足掻くだけの時間をくれてありがとう。

 もう一度彼と出会わせてくれてありがとう。

 もう1人の自分も自分に向かって手を伸ばす。


「いいえ、どういたしまして。一つ聞いてもいい? 貴方はこの後どうなるの?」


「私? ……聞く必要ある?」


「だって、大事でしょ? 貴方は私なんだし。」


「……教えたくない。」


「いらない情報は教えてくれるくせに、それはないでしょ! 言いなさいよ!」


「貴方は貴方が好きな人のいるところに戻ってめでたしめでたし、じゃだめ?」


「だめ」


 このまますんなりはいかないらしい。


「本当は……分からないの……」


 そう、フェリクスは「どうして記憶があるのか?」と聞いたけれど、私にだって分からない。


「この私がどうなるのか。本の解読ではこんなふうに私が2人存在するなんてこと、書いてなかったのよ。」


「……そう。分からないのに入れ替わるの?」


 もう一人の私の顔がすっと真顔になる。


「だって、この世界は本来貴方のものよ。ここにいるべきではないのは私の方だもの」


 そう、過去に戻ってきた私は本来異分子で、<戻る>本の発動者なのだから消えるべきは私の方だ。

 この時間軸の私を残して。


「……どうしても?」


 そう、あの時間軸に私のフェリクスはもういない。

 思いを告げてくれた副隊長やレイが応えるべきなのはもう一人の私だ。


「いいわ……もう十分よ……」


 こうやって最後に私のフェリクスの顔を見ることが出来たのだもの。


「……」


 もう一人の私は真顔で沈黙したままだ。


「……?」


「とっても頑張ったあなたに、いいことを教えてあげる」


 突然花が開くように微笑んだと思うと、もう一人の私はそう言った。


「何?」


「カフリンクス、持ってる?」


「え? えぇ……」


 どさくさでポケットに突っ込んでいたカフリンクス二つを取り出す。


「早く! 右手を出して!」


 ほら、というもう一人の私に、刻印のなくなった右手にカフリンクスを乗せて差し出す。


「……?」


 そこにもう1人の私がポケットからもう一つのカフリンクスを出し、手に乗せた。

 右手の上に三つの夜色の魔石のカフリンクス。


「これは全ての因果をつなぐもの」


 今まではしゃいでいるようにも聞こえた声音が変わる。


「……? どういうこと……?」


「これは最初に貴方と彼に分たれた。そして、貴方は今回ずっと彼を思ってこれにマナを注ぎ込んでいたでしょう?」


「それは……そうだけど……」


「だから、これは貴方と彼の『因果をつないで』いるのよ」


 歌は続く。


「過去と未来。創造と再生。二組で一つ。卵は生まれてまた卵に。一つでは意味を成さず。終わりは始まり。貴方は私。私は貴方」


 歌うように呟くもう一人の私に驚く。


「どういうこと?」


「貴方たちは私たちの試練を乗り越えたということよ」


「試練?」


「そう、思い合う貴方たちの心の響きが私たちに届いたの」


「私……たち……?」


「私は大地。私は天空。私は星そのものであり、全てに宿るもの。貴方たち2人は私たちの呼び声に応えた」


 そしてまたもう一人の私が歌う。


「……大地……天空? ……タペストリの精霊!」


「そう。思い出した?」


 私の右手にもう1人の私の姿をした精霊が右手を重ねる。


「2人の未来に幸あれ!」


 走馬灯のように今までの出来事が巡る。

 セントラルディアの街並み、二人で喧嘩した王城、中庭の庭園、騎士団の演習場、カークスの流れ、薔薇の香り

 フォルティナの爽やかな緑の香り、赤煉瓦と漆喰の街並み、分室の古びた資料庫のインクの匂い

 街道の石畳、広がる平原

 ————————また私はやり直す




 二人のフェリクスは真っ暗で自分の周りだけが淡く光る水をたたえた空間にいた。


「ここは……なんだ……?」


「時間が閉じていない—————?」


 二人のフェリクスは目を合わせる。

 と一方のフェリクスが口を開いた。


「お前、リナリアを一人残してどうする? いくら私がいるからといって、リナリアがずっと思っていたのはお前なんだぞ。」


「術が失敗した……? いや、まさかそんな……」


 シルヴァンティアの濃紺の騎士服を着たフェリクスがイライラと詰め寄る。


「彼女は苦しんでた」


「……そんなことお前に言われるまでもない」


 分かっていることを今更言うなとばかりに黒い騎士服のフェリクスは吐き捨てた。


「私が思いを告げても、彼女は応えられないって言ったんだ。レイナルド・ボーモントもだ」


「な——————ん……!」


 ノルヴァルトの黒い騎士服を着たフェリクスが呆然とする。


「一人で幸せにって無責任過ぎるのではないか」


「……」


 黒い騎士服のフェリクスは押し黙った。


「……自分で、自分で幸せにできるならとっくにそうしている! そうできなかったから!」


 彼女をずっと大切にしたいと、あの暖かな日々をずっと続けられたなら、自分の手であの笑顔を守っていきたいとそう心に誓ったから、だから彼女の命が続いていく未来を選んで……


「なぜ諦めてしまうんだ? あんないけすかない優男に出し抜かれたからといって、私は諦めてはいない。」


「私だって諦めたくなんてない。彼女を……リナを……リナと一緒に人生を歩んで行きたい。彼女の側にいるのは私であって欲しい。彼女の瞳に映るのも、彼女を幸せにするのも、何もかもを諦めたくなんてない!」


『最初からそう言えばいいのだ—————』


 天上から声が降ると同時に、二人の間に一つのカフリンクスが光と共に現れた。

 二人のフェリクスは顔を見合わせる。


『これは因果をつなぐもの。』


 声は続く。


『過去と未来。創造と再生。二組で一つ。卵は生まれてまた卵に。一つでは意味を成さず。終わりは始まり。無限の可能性は閉じられ新しい時が始まる。』


「……タペストリの詩篇? ……天と地の精霊か?!」


 黒い騎士服のフェリクスがはっと顔を上げた。


『そなたらは我らの試練を乗り越えた。』


「試練?」


 濃紺の騎士服のフェリクスはおうむ返しに聞く。


『思い合うそなたらの心の響きが我らに届いた。』


 二人のフェリクスが顔を見合わせる。


『我は大地。我は天空。我は星そのものであり、全てに宿るもの。そなたらは我らの呼び声に応えた。』


 二人のフェリクスが暖かい光に包まれる。


『二つを一つに!』


 ——————-そうして二人のフェリクスはやり直す。




 —————————

 どこかで「カン!」という金属を打ち鳴らす音がした。


(ゴングの代わりってわけ? やってやろうじゃないの!)


 周りの倒れていた騎士も青ローブのアズール隊も黒ローブのクリューソス隊の面々に至るまで一緒にくたになって、「あちゃー」だの、「またかー」だの、「やれやれ、また始まったよ」だのと三々午後休憩の構えで散っていく。

 だが気にしてはいられない。


「実戦のための演習だろう。演習だからといって手を抜かれては、演習の意味がないだろう。」


「私が手を抜いていた、って言いたいの?!」


「実際そうだろう。それ以上の強度が出せたと、君が言ったばかりだ。」


「何ですって—————!」


 後ろから「おー! 女史がキレたー」だの、「副隊長も言ってやれー」だの、ヤジが飛んでくるが、コレは聞き捨てならない。


「大体、貴方はいつもそうやって全部自分で出来るからって、役割分担とか考えるのが副隊長の……」


 言いかけたまま言葉が途切れ、時が止まる。


(そうやって、何でも全部……一人で……やっちゃうから……だから……)



「……フェリクス?」


「……リナ?」



「あのー、お二人さん。見つめ合っているところ悪いんだけどさぁ、そろそろ演習再開してもいいかなぁ?」


 そこに二隊のウェストブルック隊長の呑気な声が割って入った。




 リナリアと二人のフェリクスはここからまたやりなおす。やり直しの記憶を持って。

 地震も災厄もない時間軸。

 ヴィクトル王太子と王エレーナ女の婚礼も滞りなく行われ、両国の平和な時代が幕を開けた。

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