シャーロック・ホームズの異界録 III:異星よりの客人

S.HAYA

第1章 隕石と足跡

 あの夜、ロンドンの空を裂くようにして飛来したものが、我々の運命をどれほど狂わせることになろうとは――

 私はその時まだ知らなかった。


 ホームズと私はベイカー街の下宿で朝食を取っていた。新聞には、前夜に郊外の森に落下した「光の柱」について、見出しが踊っていた。


 「目撃者の証言はばらばらだが……火の玉が空を横切ったのは確かだな」

 私はスクランブルエッグを口に運びながら、記事を読み上げた。


 「火の玉? あれは“照明”のようだったとある。どちらにせよ、空から何かが落ちたことは確かのようだ」


 ホームズは何も言わず、顕微鏡を覗き込んでいた。机の上には、昨夜持ち帰った血痕の付いた手袋が広げられている。


 「……ワトソン、君は“足跡のない痕跡”というものを見たことがあるか?」


 「は? 足跡がないのに痕跡がある……?」


 彼は顕微鏡から目を離すと、静かに私を見た。


 「今朝、内務省から依頼があった。郊外のモスダウンの森で、隕石と思しき物体が落下した。が、現場には“それ”以外の奇妙な痕跡があったという」


 「何が……あったんだ?」


 「それを確かめに行く。我々の目で」



 馬車で揺られること一時間。森の入り口には、すでに政府の派遣した兵士と科学者たちが集まっていた。


 焦げた草、ひしゃげた木々――だが、最も異様だったのは、中心部の“くぼみ”だった。まるで誰かが意図的に地面を削り、そこに何かを「置いた」ような形跡があった。


 「落ちた……のではなく、着地した……?」


 私は無意識にそう呟いていた。


 「その通りだ、ワトソン。これは“墜落”ではない。何かが、ここに“来た”」


 ホームズはくぼみの周囲に広がる、細かな線状の模様を見てしゃがみ込んだ。

 地表には奇妙な幾何学模様が焼き付いていた。


 「焼き焦げた……否。これは、物理的な焼損ではない」

 彼は手袋をはめた指で地面に触れ、眉をひそめた。


 「電磁的な作用か? それとも……“情報”による作用……?」


 そのとき、周囲の兵士が一人、悲鳴をあげた。

 「医師を! 急げ!」


 駆け寄ると、倒れている兵士の顔は青白く、口から泡を吹いていた。

 だが、外傷は見当たらない。ただ、彼の目は虚空を見つめたまま、瞳孔が開いたまま縮まらなかった。


 「神経性ショック……だが、刺激源が見当たらない……」


 私は心臓に聴診器を当てながら呟いた。


 「これは……まるで、“見てはならない何か”を見たような反応だ」


 ホームズはふと、空を見上げた。


 「我々は今、“客人”を迎えているのかもしれんよ、ワトソン」


 その言葉が、後にどれほど重みを持って響くことになるか――

 私はまだ、知らなかった。

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