第2話

 愛剣についた血をふき取っているとエミリオ副団長が近づいてきた。

「団長」

「なに? 報告書だったらいつもどおり頼むよ」

「もう済んでますよ。そんなことより、国王陛下がお呼びです」

「ああ、それなら仕方ない。行ってくるよ」


 愛剣をエミリオに預け、国王陛下の元へと向かう。横を部下たちが駆けて行った。エミリオを囲み、なにやら話しかけている。――最初とは大違いだな。あの様子なら、私が声をかけずとも彼らもこっちにきそうだ。


 私も含め、第三騎士団のメンバーは皆一癖二癖持っている変人ばかりだ。エミリオが入団するまで、第三騎士団はほぼ無法地帯だった。圧倒的な力量差を感じ取っているのか、彼らは私の言うことならある程度聞く。が、私のいないところではやりたい放題。なにより、私自身も前線で暴れる以外の仕事は放棄していた。故に、部下を嗜めはしなかった。そういうのは全て副団長に任せていたのだ。けれど、歴代の副団長は皆「自分はこんな仕事をするために騎士になったんじゃない」と逃げるように辞めて行った。「このままでは騎士団として成り立たなくなるぞ」そう総長から苦言を受けた時に、私はエミリオを見つけた。私にはない才能を持っているエミリオを。


 結果、エミリオを副団長に任命したのは正解だった。

 最初は彼のことを馬鹿にしていた部下たちも、一緒に行動するようになってからその考えを改めるようになった。今ではすっかり彼を慕っている。

 エミリオの稀有な能力は一見するとわからない。身体能力や技量は騎士としてはまだまだ未熟。けれど、彼の頭脳はそれを補って余りあるほど素晴らしいのだ。抜群の記憶力と、脳内処理の速さ。その証拠に、彼は私の動きについてくることができる。時には私の先回りをしてくるくらいだ。エミリオ曰く、「団長を研究した結果です」だそうだが、そう簡単にできるものではない。……まあ、そんなエミリオでも私の本質には気づいていないようだが。それも、彼が『普通』の感性を持っている故なのだろう。彼にはぜひともそのままでいてもらいたい。私のためにも。


 ――浅はかな連中から『第三騎士団団長の尻拭い係』なんてあだ名をつけられているようだが……それも好都合。彼にはこの先も私の下で働いてもらうつもりだからね。


「陛下、おまたせいたしました」

「いつもより早かったな……ダヴィデ」

「はい」

「着替えてきてからでもよかったんだぞ」

「……わかりますか?」

「ああ。血の匂いがする」

「匂いですか……」


 返り血を思いっきり浴びた上着は脱いできたのだが、それだけでは足りなかったらしい。陛下の後ろに立っている護衛騎士からの視線が鋭くなったが、気づかないフリをして陛下だけを見つめ返す。


「では一度御前を失礼して」

「いや、いい。それで、どうだったのだ?」

「陛下のご想像通りでした」

 今回の仕事。本来別の団がする予定だったものを、陛下が事情を知る私に振ってきたものだ。

「そうか……ユルゲンめ。やはり、いち早く裏部隊の発足が必要だな」

「お気持ちはわかりますが、まだ私は表の人間ですから」

「そうだった。で、見合いはどうなんだ? うまくいきそうなのか?」

「見合いはまだ先ですのでなんとも……ですが、絶対に成立させてみせますよ」

「……おまえに見初められたものはたいへんだな」


 陛下の言葉に、ほほ笑みだけを返す。

 先程陛下が口にした名前、ユルゲン・ハウスラー。陛下の甥でもあり、現公爵でもある。若くして公爵という地位を手に入れておきながら、それ以上のモノを狙っている欲深い男だ。彼が手に入れようとしているもの、それは次期国王の座。


 現在、王位継承権第一位は、第一王子であるアントン様。第二位は第二王子フリッツ様。そして、第三位は第一王女マルティナ様。彼らは全員陛下の実子だ。

 王弟の息子であるユルゲンは継承権を持っていない。王家の血が流れているにもかかわらず。それには相応の理由があるのだが、ユルゲンは納得していなかった。

「アントンなんかよりも私の方がふさわしい。なぜ叔父上はそんなこともわからないのだ」

 陛下の前でもそんなことを平気で口にするユルゲン。その自信は彼の見た目と、血筋からきているようだ。


 ユルゲンの父は王弟。母は、遠い異国の王女。王女の母国は小国ではあるものの、皆不可思議な力を持っており、今もなお、どの国からも占領されていない国である。そのせいか、王女はプライドが高かった。そして、その子であるユルゲンも。彼らは『不可思議な力を持つ自分たちは特別な存在だ』と信じて疑わない。特に王弟が亡くなってからはその思想を隠しもしなくなった。加えて、残念なことに彼らの考えを支持する者もいる。見目麗しく、不可思議な力を持つ親子に心酔する者たちが。


 もちろん、大半は第一王子を支持している。順当にいけばこのまま彼が王位を継ぐだろう。そう、なにもなければ。


 年々、増える第一王子を狙う暗殺者の数と頻度。このことを陛下は重くとらえていた。ご自分も狙われている立場だというのに。まあ、陛下の近くには腕の立つ騎士がいる。なにより、陛下自身が武術に精通している。平凡な見た目に皆騙されがちだが、あれは相当な手練れだ。それも先代の王妃の教育の賜物たまものだろう。もしかしたら、こうなる日がくることを予期していたのかもしれない。


 残念ながら、第一王子の敵は身内にもいる。第二王子は自分が狙われないようにと大人しくしているが、問題は第一王女だ。彼女はユルゲンと親密な仲にあるらしい。本人は隠しているようだが、裏で彼と密会しているという情報が上がっている。直接王女が彼に手を貸していなかったとしても、第一王子側の情報を流している可能性は十分にある。


 この状況を打破するために、陛下はとある案を思いついた。

 それは……裏部隊を作ること。もともとうっすらと考えてはいたらしい。陛下の都合の悪いものを秘密裏に処理する部隊の発足を。ユルゲンの件がその考えを後押しした。そして、その任務に抜擢されたのが私だった。


「お断りします」


 私は、最初そう答えた。

 別に人を殺す仕事にいまさら抵抗はない。むしろ、私程の適任者はいないだろうとも思う。だが、それ以上の問題があったのだ。所謂、『秘密裏』という部分だ。殺すのは簡単。しかし、それをバレないようにというのは私には難しい。私と仕事を一緒にしたことがある人たちならわかるだろうが、私が仕事をした後は一面が血濡れになるのだ。なにがあったかなんてバレバレだ。後処理や裏工作をすればいいのかもしれないが、そんなのは面倒。私には裏の仕事は向かない。というのに、陛下は納得してくれなかった。


「この仕事は信用できる人間にしか頼めないのだ」

「他にいるでしょう」


 たとえば、陛下についている騎士だとか。ちら、と陛下の後ろを見やったがすぐに却下された。やはりだめか。


「まあ、団長クラスの中で辞めても問題ないおかしくない人物など私くらいしかいませんもんね」


 事実を口にしただけなのだが、苦いものを噛んだような顔で陛下は黙り込んだ。


「はあ……仕方ないですね。その代わり、お願いが二つあります」


 二つという言葉に護衛騎士が微かに反応する。「不敬だ」とでも思っているのだろう。が、仕方ないだろう。こちらも譲れないものがあるのだ。陛下は「わかった」と頷き返した。


「一つは、第三騎士団副団長にも私と一緒に裏にきてもらいます」

「副団長というと……例の男か?」

「はい。むしろ彼がいなければすぐに私がしたことは露呈するでしょう。ですから必要不可欠です」

「そうか。わかった」

「後、私たちが騎士団を抜けた後は、第三騎士団を解散させてください」

「解散? 他の者をつけるんじゃなくてか?」

「はい。副団長がいなくなれば、あの団をまとめるのは無理です。私としては(比較的まともな連中)数人を各団にばらけさせ、ハウスラー公爵派の動きを表から見張らせ、他は裏に引き込む予定です。ただし、一気に皆が辞めるとなると大幅な戦力減となるでしょうから、タイミングを見計らって……とはなるでしょうが」

「なるほど……そうだな。部下たちのことについては君に任せるとしよう」

「ありがとうございます。後一つは」

「二つじゃなかったのか?」

「先程のは、『第三騎士団について』で一つですよ。もう一つは辞める理由としてお見合いをさせてください」

「見合い?」


 陛下はきょとんした顔になる。険しい顔をしていた護衛騎士も驚いている。


「ええ、そうです。最近、ちょうど総長の奥様がそのような話をしていたと思いますが……ご存じですか?」


 護衛騎士に視線を向ける。つられて陛下も振り向いた。戸惑いつつも、「そういえばそんな話もありました」と護衛騎士は頷く。


「その話を利用しようと思います。ただし、私とエミリオ副団長のお相手は私が決めます」

「? もしや、気になる女性がいるのか?」

「はい」


 にっこり笑って頷くと、目の前の二人の顔がまるで知らないナニカを見た様に固まった。

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