オリエンテーション
社長は二人の子供を近くに呼び寄せると、自身の左右に並ばせ肩を抱く。
ニコニコする社長だけを見るととても仲が良さそうだが、子供たちの方はあまり社長が好きではないようだ。
少女の方はすぐに肩にあった社長の手を弾く。
募集要項に書かれていたアットホームの文字を思い出した。
アットホームと書いていて本当に社員同士の仲がいい会社は見たことがない。
少年の方は特に気にしていない様子だが、少女は嫌そうな顔を隠すことなく社長に向けている。
少女の態度に慣れているのか社長は特に気にしていなさそうだった。
いつものことなのだろう。
「まずは名前からですね。こちらの目隠しをつけた少年のことはローダと呼んでください。本名で呼ぶと怒るので。こっちの女の子はアリスです。ほら、二人とも頭を下げて」
「細玉です。ええと、宜しくお願いします」
子供たちとお互い頭を下げている現状はなんというか、とてもシュールな光景だったに違いない。
アリスと呼ばれた少女にはすぐに視線を逸らされてしまった。
ローダは目隠しで目は見えないものの、不思議とこっちを見ているという感覚があった。
「ローダ君とアリスちゃんですね。ですがそもそも子供が社員というのは……」
「気持ちは分かりますが、行政の許可もちゃんと得ています。なんせこの子たちは特別ですから。ちなみに出向中の子が別に二人います。戻ってきたらその子たちも紹介しますよ」
「はぁ」
子供が先輩になるのか……とか特別といってもなぁとか。
そんな思いがため息に近い形で出た。
問題を解決するために送られるのが子供でいいのだろうか。
「ローダから説明しますね。この子の能力は追跡です。写真でもなんでも、一度見た相手を必ず見つけ出すことができます。生きている人間限定ですが、中々応用も効く能力ですよ」
「それは探偵……みたいな?」
「いえ、そうではなく。実際に見てもらいましょうか。ローダ、少しだけ目隠しをずらして」
「うん」
ローダが黒い目隠しを少しだけずらすと左目が見える。
……さっきスライドで見た時とは違い、ごく普通の黒目だ。
じーっと顔を見てくる。
「この写真を見てこの人物がどこにいるのか調べて見てください」
「分かった。この女の人だね」
渡された写真を受け取り、ローダがその写真に写っている女性を見ているようだ。
……黒目だったはずの目が、別のものに変化するように見える。
驚いて一度瞬きして見直すと普通の黒目に戻っていた。
見間違いだったのだろうか。
「この人、どこかの倉庫に閉じ込められてるよ。海の近くかな……下着姿で縛られてる」
「おや、もう見つけましたか。思ったより近かったんですね。生きていてなにより」
「あの、それは一体……」
「見ての通りです。写真に写っている人物を見つけたんですよ。ちなみに今日の昼から依頼されている仕事でもあります。ローダと細玉君の二人で行ってもらいましょうか」
「えっ。本気ですか? け、研修とか」
「お使いレベルの仕事ですから。行けば分かります。大丈夫ですよ」
大丈夫かどうか決めるのは俺ではなく社長のようだ。
一気に緊張感が増してきた。
「ローダにはもう一つ能力があるのですが……今はいいでしょう。追跡のことだけ知っておいて下さい。それから、彼の目隠しは絶対に全部を外さないように。今みたいに少しだけズラす位なら構いません」
少年特有のファッションかと思っていたが、どうやらそうではないらしい。
とても信じられないが、今は疑問を挟むよりもとりあえず話を聞こう。
いちいち口を挟むやつは嫌われる。
「覚えておきます」
そう絞り出すのがやっとだった。
本当に上手くやっていけるのだろうか。
「そしてアリスですが、この子の能力は……色々複雑なので簡単に言うと発火能力ですね。パイロキネシスと思ってもらって構いません。見たもの、触れたものを燃やします」
「チッ」
アリスが舌打ちした。どうやら少しばかり扱いが難しい子のようだ。
外見が奇麗なだけに少女ながら迫力がある。ぶっちゃけ怖い。
「普段のアリスなら発火させた火の温度は1000℃ほどですが、我を失っているときは1500℃を超えて非常に危険なので気を付けてくださいね。青い火が見えたら危険な状態です」
「なるほど」
それってどう気をつけろというのだろうか。
さっきの追跡とやらに比べれば分かりやすいが、そういう超能力が本当にあるのかいまだに信じられない。
もしかして、皆で俺をからかっているのではという思いがある。
「別に、その気になればいくらでも温度は上げれるし」
「貴女の力に耐えられるほど世の中は強くはないのですよ。では試しに……この書類を燃やしてください。シュレッダーにかける予定のものです」
「はいはい」
アリスは書類を受け取ると、フッと息を吹きかける。
するとそれだけで火が付いてしまい、みるみるうちに大きくなる。
アリスが握っている部分以外はあっという間に燃え尽きてしまった。
手品にしても、タネも仕掛けも見当たらない。
「ああ、灰が出てしまいました。細玉君。後で掃除をしておいてもらえますか? 掃除機はロッカーに入ってますので」
「それは構いませんが……俺をからかっているわけじゃないですよね?」
「勿論です」
社長はフフッという笑いをした。
どうやら俺の言葉がツボに入ったらしい。
納得いかない……。
「これでこの子たちの紹介は終わりです。少しは理解していただけましたか?」
「少なくとも普通の子供ではないのは分かりました」
「それで結構。君の仕事は雑用一般とこの子たちとクライアントへの折衝。現場でのコミュニケーションだと思ってください。子供だけで現地に行かせるとどうしてもトラブルになってしまって破談になることが多いんですよ。私も毎回付き添うほど暇ではありませんし。君が本当に入ってきてくれてよかった」
「頑張ります……」
過去一心のこもってない頑張りますという返事をした。
とにかく、今は給料がもらえるなら言われた通りにしようじゃないか。
小休憩の間にロッカーから掃除機を出して燃えカスを掃除した。
ちなみに最新の掃除機でかなり高いモデルのやつだ。
一度使ってみたかったんだよな……と現実逃避する。
お茶やお茶請けの場所も教えてもらった。
基本的に俺がいる間は俺が用意することになるようだ。
それは別に構わない。
全員分のお茶を用意し、適当にお菓子も容器に入れて持っていく。
「おや、お茶を入れるのが上手いですね。私がやるとこんなに美味しくないんですよ」
「ちょっとコツがありまして」
お茶の専門店で働いていたことがあり、美味しいお茶の入れ方を教えてもらった。
アリスだけは紅茶を希望したので、砂糖とミルクを添えて出す。
「細々としたことは任せてよさそうだ。安心しました」
「いえいえ、このくらい」
コンサルと聞いていたが思ったより空気はのんびりしている気がする。
とはいえ空調はずっと寒いし、誰かに見られている感じがまだ続いていた。
「空調、少し寒くありませんか?」
なので一度空調のことだけは聞いてみることにした。
見られていることに関しては怖くて聞けない。
「ああ、これには理由があります。なので慣れてくださいとしか言いようがありません。服装に規定はないのでコートなんかを着てきても構いませんので……」
「はぁ、そういうことでしたら分かりました」
何がそういうことなのか自分でも分からないが、どうやら言っても意味はなさそうだ。
変わったと一言では片付けられない会社だ……。
「さて、そろそろクライアントとの約束の時間です。細玉君はローダを連れてここに行ってください」
クリアファイルに入った書類を渡された。
今回の依頼内容が記されている。
見間違いでなければ、誘拐された少女の一刻も早い捜索と書かれているのだが。
「とても簡単なお仕事です。頑張ってきてくださいね」
社長の笑みが恐ろしく感じた。
コンサルティング会社とは一体……。
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