転生したらそこは誰もいない世界でした☆
更科りんこ
第1話 はじめまして異世界
【1日目】
目を覚ますと、そこは知らない部屋の中でした。
「・・・・・・・・・・・」
最初に思ったのは、暗い、ということ。
部屋の中はかなり暗く、目がなじむのに時間が必要でした。
背中からお尻にかけて、ふわふわとしたやわらかな感触が感じられます。
ただよう木と草の匂い。強い違和感はありますが、不快ではありません。
自分の身体に意識を向けると、特に痛いところや苦しさなどはなく、どうやら五体満足な状態でちゃんとした布団の上に寝ているようでした。
状況がよくわかりません。
わたしは、寝そべったまま視線だけを動かして周囲の様子を静かにうかがいます。
あまり広くない部屋の中。
感覚でいうと六畳くらいでしょうか。
最初に目に入ったのは簡素な板づくりの壁と天井。直接視界には入りませんが、おそらくは床も同様だと思われます。
見たところ照明器具のようなものはなく、ひとつだけある曇りガラスの窓から差し込む月明りだけが頼りでした。
そう、月明り。
ぼやけた優しい光が窓の形に切り取られ、床を四角く照らしています。
「夜。いつの夜だろう」
小さなつぶやきが静寂に染みていきました。
聞きなれてはいるけれど、耳にするのはずいぶんと久しぶりな気がします。
わたしはもぞもぞと起き上がると、左右の手のひらをゆっくりとぐーぱーしてみました。そして感触を確かめるように、頭のてっぺんから足の先までさわさわと触れていきます。
どこにも痛みはなく、見たところ怪我や傷の跡もありませんでした。
「えっ・・・・・・と」
まだぼんやりとする頭で考えます。
ここがどこか、ということももちろんなのですが、わたし自身の身体についてが、いちばんの疑問でした。
無事でいられたはずがない。
思い出せる最後の記憶を呼び覚まし、わたしは静かに首を振りました。
「ここ、どこ? 病院?」
可能性は低いとわかっていましたが、つい口に出てしまいました。
つぶやいた声は、闇に吸い込まれるように消えていきます。
その時、窓のガラスがカタカタと小さな音をたてました。
自身からではない音を聞くのも久しぶり。改めて思えばコレが最初に耳にしたこの世界の音でした。
わたしは床に足をついて立ち上がると、一直線に窓に向かいます。
歩みに合わせてきしむ床の音。なんだか妙にはっきりと覚えています。
「・・・・・・んしょ」
窓に鍵のようなものはかかっていません。
わたしは窓を開けようと、両手に力をこめました。
「んん、よい・・・・・・しょ・・・・・・」
ぎぎぎ。
まるで固定されているかのようにはまっていた窓が、重々しい音とともにゆっくりと開いていきます。
隙間から吹き込む風が、首筋を撫で、髪を揺らしました。新鮮な外気が肺を満たし、火照った身体を冷まします。
「わわっ!?」
最後に一気に開いた窓に、勢いあまってつんのめってしまいました。
ここでもし落ちていたら、物語は早くも終わりを迎えるところでした。
ともかく、なんとか踏みとどまったわたしは、窓の外に目を向け、その光景に心を奪われました。
真円を描く大きな白い月。
数えるのが馬鹿らしいほどの満天の星空。
わずかにさざ波がたつ澄んだ湖面。
そして、見渡す限りどこまでも続いている豊かな草原。
それは、まるで絵本に描かれたおとぎ話の世界のよう。
いや、実際にそうだったのかもしれません。
わたしはぽかんと口を開けたまま、ぽつりつぶやきました。
「異世界・・・・・・」
なんて馬鹿げた言葉でしょう。
漫画やラノベの読みすぎ、あるいはゲームのやり過ぎだと笑われても仕方ありません。
でも、いまこの時に限っては、そうとしか思えなかったのです。
だって、そうですよね。
夜空に浮かぶ真白の月。
そのきれいなきれいなお月さまが、なんとふたつもあるのですから・・・・・・。
つづく
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます