29 下船

 船積みが終わったということで、ディーウィットたちを含む旅客が次々と船に乗り込んでいく。


 大半は荷主なのか、行商人のようだ。帝国人と思わしき人々もおり、雑多とした雰囲気である。


 アーベラインの定期船は貨物船だったので客室は僅かしかなかったが、今回乗る船は客室もかなり多く用意されているものだった。殆どが四人などの相部屋だったが、中には貸し切りの個室もある。キーニは「他の人間が俺の『ムウェ・ラデ』と寝食を共にするなど許せん」と、わざわざ高いその個室を取っていた。


 相部屋と比べてかなり高かったので「僕は大丈夫ですよ!」と慌てて止めようとしたのだが、キーニに「俺の膝に抱き上げ食べさせるが? 水も口移しだが他の人間に見られてもディトは平気なのか」と真顔で言われてしまい、結局は折れるしかなかった。


 そう。実はあれからも、キーニの給餌行為は続いていた。森の中では他に見ている者もいない為あまり気にせずにいられたが、町中ではさすがにそうはいかない。


 一度、屋台で軽食を買い齧りつこうとしたところ、すぐに取り上げられた上にキーニが齧り取ったものを口移しで与えられてしまったことがあった。屋台の主人の中年男性が見ているというのに、である。


 だが男性は、「兄ちゃん、南の部族のもんだね? この辺じゃなかなか見かけないが、いやあ噂通り熱烈だなあ!」と言って笑っていた。なお、その男性はディーウィットに気を遣ってか、帝国語を口にしていた。どこも客商売の者は片言でも帝国語を喋っていたので、ここまでくると帝国語が公用語になっているのかもしれない。


「南の部族が熱烈ってどういう意味です!?」と尋ねたが、「そりゃあ兄ちゃんに聞くんだな」と言って教えてくれなかった。だがキーニは知らん顔のままだ。どうもキーニはまだ他に何かを隠しているらしい。目が楽しそうに弧を描いているのが証拠だった。


 そんなこんなで個室に入れば、常にキーニに抱き上げられている状態にもなる。会話をしている内にそういった雰囲気になってしまい、互いの欲を慰め合うことも幾度もあった。


 こんな状態で、果たしてキーニにきちんと別れを告げられるのだろうか――。


 温かい腕に包まれて微睡みながら、ディーウィットは自信を失いかけていた。


 ◇


 二人が乗る船は、予定通り帝都に入港した。


 ほぼキーニと触れ合っている十日間だったが、目標であるアルフォンス宛の手紙を書き終えることができたので概ね満足だ。


 地上に降り立つと、ふわふわと揺れているような変な感覚がディーウィットを襲う。


「わ」

「ディト、掴まれ」


 腰に手を回され支えられている内に、徐々に平衡感覚が戻ってきた。苦笑しながらキーニに礼を言う。


「ありがとうございますキーニ。前回は乗船はしても、下船は波に呑まれてしまったもので。こんな風になるんですね、新鮮です」


 すると、キーニが額を手で覆い天を仰いだ。


「……よくぞ生きてくれていたと思うぞ。嵐の海に投げ出されて浜に打ち上げられる遺体は少なくないのだからな」

「なんとか帝都に辿り着かねばと必死だったからかもしれませんね」


 くすりと笑うと、キーニが眉尻を下げながらディーウィットの額にコツンと額を当ててくる。


「お前は全く……弱そうに見えて芯が強いのだからな」

「雑草根性はあると思いますよ」

「ふ……いいのか悪いのか」


 苦笑するキーニを見て、ブワッと愛情が溢れ出てきた。この顔も優しさも見納めだと思うと、急に胸が締め付けられるような苦しさを覚える。


 宮殿までは案内を頼まねばならない。だからまだもう少し一緒にいられる。だが、別れはいつ告げればいいのか。それとも別れの言葉もなく別離の時を迎えるべきなのか。何がキーニにとって最良なのか、ディーウィットには分からなくなっていた。


 じっとキーニの黒い瞳を見つめることしかできなくなっていたディーウィットに、キーニが笑いかける。


「とりあえず宿を取り身綺麗にしよう。謁見を臨むなら、さすがに宮殿に赴く際正装が必須だからな」

「……はい、そうですね」


 にこりと笑ったつもりだったが、自分はきちんと笑えていただろうか。その不安が顔に出ていたらしい。キーニはディーウィットを引き寄せると、安心させるような柔らかい抱擁を与えてくれた。


「大丈夫だ。悪いようにはならない」


 幼子を宥めるような囁き声に、呼応するように根拠などないのに安堵の笑みが漏れた。キーニの言う通りだったらどんなにいいかと願わずにはいられない。


 ディーウィットも甘えるようにキーニの腰に手を回し、瞼を閉じてキーニの温かさを味わっていると。


『――ちょっと! どうしてお前がここにいる訳!?』

「……え?」


 久々に耳にする祖国の言葉に、パッと顔を上げる。


 見覚えがあり過ぎる、家族の愛を一身に受けた人物。そんな彼に従うのは、ディーウィットが帝都から手紙を送ろうとしていた相手だった。


『ディーウィット殿下……?』

「デアーグ……アルフォンス……」


 綺羅びやかな服装を身に纏った赤髪の双子の弟デアーグと、かつて最も信頼していた臣下であるアルフォンスが別の船から下船してくる姿が、ディーウィットの視界に映し出されていた。

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