19 本心



 怒りを抑えた声が答える。


「……俺が助けなければ、ディトはとうに死んでいた」

「キーニには心から感謝しています! なんとお礼すればいいのか僕には分からないくらい、感謝してます! だけど……っ」


 キーニの手が、ディーウィットの肩をきつく掴み前後に揺さぶった。


「ディトを軽んじるただ血の繋がっただけの連中に、どうしてそこまで頑なに忠実であろうとする!」

「祖国には、家族に見放された僕をここまで守り育ててくれた臣下たちがまだいるからです!」


 半ば叫びながら即座に返した答えに、キーニは声を詰まらせる。と、温かい手が静かに頬を流れていたディーウィットの涙を拭う。


「……なら何故泣いている」

「……! き、気付いて……」

「ふん、ジュ・アルズの民ならばこの程度の闇の中なら見えるぞ」

「……!」


 自然と共に生きる部族の力を見誤っていたらしい。となると、これまでの感情が乗ってしまったディーウィットの表情は全てキーニに丸見えだったということだ。


 もうどう取り繕えばいいか分からずただはくはくと言葉を失い泣くディーウィットの頭を、キーニが胸元に抱き寄せる。


「……分かった。分かったからそう泣くな。お前が泣くと俺は弱い。頼むから泣かないでくれ、見ているだけで切なくなってくる」


 それは、ジュ・アルズに来て最初に夢の中で聞いた言葉だった。


「キーニ……ありがとうございます……っ」


 完全な泣き落としだ。しかもここまで親身になってくれたキーニに対する裏切りに近い。申し訳なくて、だがそれでも許してくれるキーニの気持ちが嬉しくて、安堵のあまりディーウィットの全身の力が抜けていく。


「だが条件があるぞ」


 キーニが唇をディーウィットの頭頂に押し当てる。離すものかとばかりの抱擁に、ディーウィットこそキーニに抱きついて縋りたくて堪らなくなってきてしまった。


「な、なんでも! 僕にできることならなんでもします!」

「……なら、ディトが首に下げている宝石を貰う」

「え……」


 先程の説明で、この首飾りを信頼する部下であるアルフォンスから貰った宝物であることも伝えている。だが、宝石を欲しがる行為は、あまりにもこれまでのキーニの印象からかけ離れていた。


 そこから導き出される答えはひとつ。これを渡したくないディーウィットが、帝都に向かうのをやめるのではと考えたに違いない。そのことに気付いた瞬間、申し訳なさに今すぐ逃げ出したくなった。


 と同時に、矛盾していると感じながらも、ディーウィットの目には輪郭としか映らない目の前の愛しい男にひしとしがみつき離れたくないと願ってしまった。


 ふいに、己の本心に気付く。――ああ、自分はキーニのことを愛しいと思っているのか。だからこんなにも離れ難いのか、と。


 何も答えないディーウィットに、キーニが低い声で告げる。


「嫌なら交渉は決裂だ。ディトは一生俺とここにいることになる」


 だが、断る選択肢はディーウィットには残されていない。交渉が決裂すると何故キーニとここに一生いることになるのかの理論がよく分からないが、とにかく頷く。


「わ、分かりました。キーニに差し上げますから、だから――んっ」


 両耳を覆うように持たれグイッと顔を上げさせられたディーウィットの唇が、一瞬で奪われた。


「ディト……! 俺の『ムウェ・ラデ』……!」

「キー……」


 どんどん深くなっていくキーニの熱烈なキスを浴びている内にぼうっとしてきたディーウィットは、気が付けば己の望むまま、キーニの首に縋りつくように腕を巻き付けていたのだった。

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