11 部族の青年

 唐突に重ねられた唇に、ディーウィットは目を瞠った。


「!?」


 驚き抵抗しようとは思ったが、全身が重く叶わない。男は慣れた様子で、溢さぬよう少量ずつディーウィットの口の中に水を注いでいく。


 男に悪意はない筈だ。それにディーウィットは水分を欲していた。口腔内に侵入してきた生温い水が途轍もなく美味に感じ、気付けばもっとくれとばかりに男の唇を吸っていた。


 男が楽しそうに目を細める。ディーウィットのこめかみを優しく撫でると、顔を離した。


「沢山あるから、そう焦るな」


 そう言うと、今度は多めに水を口に含む。目元を緩ませながら、再び顔を近付け水を飲ませてくれた。


 何度か同じことを繰り返している内に、身体の渇きが癒えてくる。「まだ飲むか?」の男の問いに首を横に振ると、男は最初に持ってきていた小さな入れ物の蓋を開け、小指を突っ込んだ。ディーウィットの口元に手を近付けると、にこりと笑う。


「花の蜜だ。喉の痛みに効く」


 男の小指には、粘り気のある透明の液体が付着していた。そのままディーウィットの口の中に小指を突っ込む。


 ディーウィットの口の中に、華やかで甘い味が広がっていった。見た目と違いそこまで粘り気はなく、サラサラとした感触だ。――美味い。


 久々に口にする甘い味に、ディーウィットは夢中になって小指にしゃぶりつく。


「はは、擽ったい」


 男が楽しそうに笑った。この男は、さっきからずっと笑ってばかりだ。人生の殆どを笑わずに過ごしてきたディーウィットにとって、悪意の感じられない男の笑顔は、見ていてとても気持ちがいいものだった。


 蜜の味がなくなると、ディーウィットは小指を解放した。彼の蜜のお陰か、唾を呑み込むのも先ほどより楽になった気がする。男は再びにこりと笑うと、小指をぱくりと口に含んだ。付け根にでも蜜が残っていたのだろうか。暫く舐めた後、満足げな表情で口から出す。


 その時、ディーウィットははたと気付いた。現在の自分は、明らかに風邪である。なのにこの男ときたら口移しで水を飲ませ、その上ディーウィットに舐めさせた指を自身の口に含んでしまったではないか。


「あの……っ、僕の風邪が移ってしまいます……! ご、ごめんなさい!」


 すると男は両眉を上げてから、突然「あははっ」と声を出して笑い出す。突然の笑いに、ディーウィットは目を丸くした。男が笑う理由が皆目見当がつかなかったのだ。


「俺は頑丈だからな、病人を看病したところでそう簡単にはうつらないぞ」

「で、ですが」


 どこか揶揄うような笑顔の男が、前屈みになってディーウィットに顔を近付けた。


「それにな、うつるものならもうとっくにうつっている。寒そうに震えるお前を俺の体温で温めている間、何度意識のないお前に口移しで水を飲ませたと思う?」

「え……っ」


 ここでようやくディーウィットは、何故起きた時男の手足が自分に絡められていたのかを理解する。その上、今回の口移しが初めてではないとは。道理でやけに手慣れた様子だった訳だ。


 男の大きくて頑丈そうな手がディーウィットのこめかみに伸ばされ、当然のように撫でられた。よく見ると、親指の付け根にタコがある。何でできたものだろうか。


「お前は突然俺の前に現れ、いきなり倒れた。あれには驚いたぞ」

「す、すみません」

「責めてないから謝るな。……抱き上げた瞬間、身体の熱さに驚いた。すぐさま家に連れ帰り濡れた服を脱がせたが、震えが止まらなくてな。俺の身体で温めてやるとようやく震えが止まったが、離れるとまた震える。だからお前が目を覚ますまでの丸二日間、俺はほぼずっとお前に添い寝し、意識のないお前に水や噛み砕いた食料を親鳥のように与えていたのだぞ」

「え……」


 男の言葉に目を丸くしていると、男はまたもや楽しそうに笑う。


「部族の者らも突然現れた『ムウェ・ラデ』が早く目を覚さないかと待ち侘びていたからな、喜ぶだろう」

「あの、その『ムウェ・ラデ』とは……」


 男はディーウィットの問いには答えないまま、顔をすぐ目の前まで近付けた。興味深げにディーウィットの瞳を覗き込む。


「見事な夜空の色だ」

「え……?」


 これが、ディーウィットの運命を変える、ジュ・アルズの原住民族の青年との出会いだった。

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