3 別れ
「私も行きます! 絶対ついていきます!」
ディーウィットの護衛騎士で優秀な事務官となっていたアルフォンスは、ディーウィットの帝国行きを聞いた瞬間、共に行くと主張してきた。
あまりにもな会話の内容については、アルフォンスには伝えていない。元々王家の裏事情を伝えていなかったのが幸いした。いくらなんでも、信頼する部下のアルフォンスにそこまで家族に厭われているのだと知られるのは惨めすぎる。
国王である父が率先して広めている噂の通り、「自分が避けている」体を取った方が、国はうまくいく。国に対する不信感を無下に植え付けるのは、ディーウィットの本意ではないのだ。
だからディーウィットは、アルフォンスに頭を下げて頼み込んだ。
「頼むアルフォンス。お前までこの国を去ったら、これまで僕が必死でやっていたことが全て水の泡になってしまうんだ。この国を守る為に残ってくれないか」
だが、アルフォンスは抵抗した。
「何故殿下が行かなければいけないのですか! 帝国が所望したのはデアーグ様なのですよね!? どうしてそこまでしてこの国を守ろうとするのです!」
「アルフォンス、口は慎め。誰に聞かれるか分からないぞ」
「ですが!」
ただでさえアルフォンスは「親不孝者で冷たい」ディーウィットの子飼いだと言われているのだ。国を批判するようなアルフォンスの言葉を聞きでもしたら、何をされるか分かったものではない。
だからディーウィットは、必死で言い訳を捻り出した。
「……家族と離れるいい機会だから、その、デアーグも嫌がっていたし……。だから僕から頼んだんだ」
アルフォンスの顔が、ぐしゃりと歪んだ。
「そんな、殿下……嫌です、行かないで下さい! そうだ、私と逃げましょう!? ご家族と離れられればいいのですよね!? 殿下、私は殿下のことを……!」
アルフォンスが口にしようとした言葉を、ディーウィットは彼の口をそっと手で押さえることで止める。これ以上アルフォンスの忠義に甘えてはならない。そうやって甘えた結果、幾人もの忠臣が王家により排除されてしまったのだから。
これまでディーウィットの身も心も支えてくれたアルフォンスを不幸の道に引き摺り込むことだけは、絶対にしてはならない。それと同時に、自分と関わったことを――どうしてもアルフォンスにだけは後悔してもらいたくなかったのだ。
「……言うな。既に決まったことだ。僕はこの先皇配となる。もう……覆せない」
アルフォンスの瞳から、悔しげな涙が流れ出す。それだけで、ディーウィットの心は救われた気がした。
「頼む。お前にしか託せないんだ。この国の民を、僕の代わりに守ってほしい」
共に過ごす内に、アルフォンスが自分に信を置くようになってくれていたのは感じていた。それはディーウィットも同様だ。二人の間に信頼関係が生まれてくるにつれ、この男のことを臣下以上の気が置けない存在として信頼するようになっていた。
何故なら、この男だけが自分の理解者だったからだ。ディーウィットが共にいて心が安らぐのは、この男の隣だけだったのだ。自分と同じ、王家から目を背けられてしまったアルフォンスだけが。
ディーウィットとて、できることならアルフォンスと離れたくはない。だが、他の男の皇配となる自分の傍にただいたところで、果たしてアルフォンスは幸せと言えるだろうか。
既に騎士への道は断たれたアルフォンスから、更に官としての出世の道までも断つことはできない。もし共に帝国に赴けば、そこで待ち構えているのは前進も後退もできない地獄だろうから。
だったら今は辛くとも、離れるべきなのだ。距離と時間が、きっとこの苦しさを忘れさせてくれる筈だから。今となれば、アルフォンスに王家の実態を知られることなくやってこれたのは、二人にとってよかったことなのだ。
「……皇配と言えば聞こえはいいかもしれないが、皇帝にはすでに正妃がいるのはよく知られたことだ。相手が望んでいるのは、体の良い人質だろうな。国力が弱ってきたところで一気に帝国に取り込もうという魂胆だろう」
「それが分かっておられて、何故……!」
絞り出すようなアルフォンスの問いには、答えなかった。どちらにしろ、帝国に渡ればもうディーウィットに自由はないのは明白だ。ならば真実など、知る必要はない。
「……こんな僕に仕えてくれてありがとう、アルフォンス。心から感謝している」
零れ落ちそうな涙を堪えながら、にこりと笑う。
「――殿下!」
アルフォンスの逞しい腕が、細いディーウィットの身体を包み込んだ。
アルフォンスに聞こえるか聞こえないかほどの声で、「さよなら」と囁く。
それが、アルフォンスに対する決別の言葉となった。
◇
そして今、ディーウィットは海の向こう側にある帝国に向かう船の上にいる。
命令からここまで、あっという間の出来事だった。正直なところ、普段からこの速度で仕事をして欲しかった……と思わざるを得ない。単にやる気の問題なのだとは思うが。
船の甲板の上から、ぼんやりと前方に広がる水平線を眺める。
「アルフォンス……」
ディーウィットは、自身の首にぶら下がる首飾りを握り締めた。二十歳の成人の際アルフォンスから贈られた、大きめな『夜の光石』が美しい逸品である。
一介の護衛騎士でしかないアルフォンスにしてみたら、かなり高い買い物だったのではないか。無理をさせてしまったのではと思いはしたが、これまで誕生日に贈り物など貰ったことがなかったディーウィットにとってこれは正に宝物で、突き返すことなどできなかった。
家族にこんな立派な物を所持していると知られたら、あっさり奪われかねない。ディーウィットは服の中にしまい込み、以来お守りとして肌見放さず持っていた。
「元気でいるだろうか……」
護衛という名の見張りに回りを固められながら城を立ち去る際、デアーグがにこにこしながらアルフォンスに近付いていくのが見えた。
アルフォンスはデアーグに振り回されはしたが、元々その外見をデアーグが好ましいと思っていたことに間違いはない。だからディーウィットは、泣きそうな思いを必死で抑えつけながら笑顔でアルフォンスに伝えていた。「デアーグは天真爛漫だが、悪い奴じゃない。今後はデアーグに可愛がってもらうんだぞ」と。
アルフォンスを表立って使い続けたことで、アルフォンスの有能ぶりは誰もが知るところになっている。以前は冷たく切り離したデアーグも、きっと惜しいことをしたと思っていたに違いない。アルフォンスに近付いていく時の笑顔を見れば、自分の憶測が間違っていなかったことが分かった。
だから、アルフォンスは大丈夫だ。ディーウィットという異分子さえいなくなれば、きっと彼らの剥き出しになっていた悪意は鳴りを潜めるに違いないから。
事実上、家族、いや国から切り捨てられた自分に従っても、アルフォンスに明るい未来はないのだから、これでいい――。
「……人質生活には政務もないだろうし、今よりのんびりできるかな」
流れる涙は、船上に吹く冷たい海風のせいだと思うことにした。
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