孤高の美少女ギャル、私限定でデレすぎ問題
Laura
第1話 孤高の美少女ギャル、無関心キャラのはずが私限定でデレ発覚問題
公立・
けど、目を引くのは見た目より態度だ。
彼女は、誰に対しても、まっすぐ「無関心」。必要なときだけ口を開く。国語の先生が当てても、「……はい」と低い声。クラスメイトに話しかけられても、眼差しは澄んだまま、波風立てない一言で終わる。笑ってるの、見たことない。恋バナ? 興味なさそう。昼休み? ひとりで窓辺、パンと牛乳で完結。
そんな人。
私は——
クラスの端っこで、友だちとお昼にコンビニのおにぎりを分け合う側の人間。
だから、鷹宮さんが私の世界の中心に入ってくることは、ない——はずだった。
四月の最後の週、当番表の入れ替えがあって、私は黒板係になった。よりによって、同じ枠に印字されていたのが「鷹宮」。当番表を見た瞬間、思わず心のなかで「嘘でしょ」と口が動いた。運命って、たまに悪ノリする。
掃除時間になって、私はチョークの粉が舞う黒板の前で雑巾を絞った。緊張のせいで力が入りすぎて、バケツから水がぴちぴち飛ぶ。
そこへ、彼女が来る。静かに歩いてきて、静かにバケツの位置を窓際に移し、黒板消しを一つ手に取る。その所作一つが、無駄に映画。
「……宮坂」
低い声で、私の名字だけ呼ぶ。
「はいっ」
反射で声が裏返る。恥ずかしい。
「上、私。下、お願い」
それだけ言って、彼女は黒板の上段に手を伸ばした。無駄がない。淡々としている。うん、うん、噂どおり。私は下段を拭きながら、横目でちらちら彼女を盗み見る。
近い。香りは無い。いや、ほんの少しだけシャンプーの匂いがするけど、それより空気そのものが澄んだ感じ。
私の視線に気づいたのか、彼女は一瞬だけ横を見た。
「……何」
「い、いえ。黒板、すごい手際だなって」
「ふつう」
即答。会話、終了。
はい、これが鷹宮さん。必要最低限。悪意ゼロ。愛想もゼロ。
私は心のなかで頷いて、再び雑巾を走らせた。
それから数日、当番のたびに私たちは横に並んだ。会話は増えない。けど、私に対してだけ、妙に動作が丁寧だということに、少しずつ気づく。
バケツを持つと、取っ手の向きを私に合わせてくれる。黒板消しを渡すとき、チョークの粉が私の手につかないように、わざわざ端っこを持ってくれる。
……これは、気のせい? いや、気のせいでこんな細かい優しさが連続するか? 他の子に黒板消しを渡すときは、普通にポンって置いてたよね?
授業中にも、ちょっとした事件があった。
数学でノートを取っていたら、前髪が目にかぶさって、式が歪んで見える。黒板の四次関数が三次関数に見えるくらい重症。……いや、それは私の数学力の問題。
手で前髪を払うと、また落ちてくる。うん、今日はピンを忘れた。
そのタイミングで、前の席の鷹宮さんが、音もなく振り返った。
「……宮坂」
「なに?」と小声で返すと、彼女は筆箱の横に置いてあった小さな金属の箱を開けた。中にはシンプルなヘアピンが数本、きちんと並べてある。
「前、落ちてる」
「あ、これ? うん……今日はピン忘れちゃって」
「……」
返事の代わりに、彼女は席を立った。先生が黒板に向いている隙、教室のざわめきの中で、彼女は私の机の横に立つ。そして、ためらいもなく、私の後ろへ回った。
心臓が、ばくん。
突然、頭の後ろにひんやりした指の感触。肩まで落ちてきた自分の髪に、細い指がすっと差し入る。
「ちょ、ちょっと!?」
「動かないで」
囁き声。耳に近い。近いどころじゃない、首筋に息がかからないように配慮しているのがわかる距離。右手で髪をまとめ、左手でピンを添える。金具が、カチ、と小さく鳴った。
「……これで」
彼女の手が離れる。ふわっと髪が軽くなる。前は視界が開けて、黒板がくっきり戻ってきた。
教室の時間はそのままなのに、私の時間だけ一瞬止まってたみたい。
「ありが……」と小声で言いかけた私に、彼女はいつもの無表情のまま、もう一度箱からピンを取り出して、今度は横のはねてる毛も留めてくれた。
「これで、粉、つかない」
「え、ちょっと、そんな、プロ?」
「ふつう」
ふつう、なの……?
周囲は誰も気づかない。先生も黒板だし、クラスメイトはノートに必死。私だけが、世界の色味を変えられている。
席に戻る前、彼女はほんの少しだけ、私の目を見た。
その瞬間、微かな変化があった気がした。無表情の表面に、温度が一度だけ上がる。
「……宮坂」
「う、うん?」
「似合う」
言った。言いましたよね今。
それはたぶん、世間一般でいうところの、褒め言葉。
頭の中で編集会議が始まる。「いやいやいや無関心キャラどこ行った」「褒めるの!?」「距離近いのに褒めるの!?」「いやありがとうございます!」
口から出たのは、「あ、ありがと……」のひと言だけだった。情けない。
その日のお昼、私は友だちの
「え、それってさぁ……」
「いや、違うでしょ。たまたま、髪が邪魔そうだったからで」
「“似合う”は、たまたまじゃ言わん」
「う」
「てかさ、鷹宮さんって、誰にも興味ないんじゃなかったっけ?」
「ないはず」
「なのに、ひなにはピンをつけて“似合う”って?」
「やめてやめて、言語化しないで、心が追いつかない」
机に突っ伏す私の横で、亜美は「ふーん」と意味ありげに笑った。
「じゃあ、確認しよ。今日の掃除、様子を見る」
「え、観察対象にするの? 人としてどうなの?」
「科学の一歩は観察からです」
理系のくせに都合のいいときだけ科学を持ち出す。けど、私も内心、少し知りたいと思っていた。「気のせい」なら、楽だ。もし「気のせいじゃない」なら——。
放課後。
ホームルームが終わり、クラスの半分が部活へ散っていく。掃除当番が集まり、私は黒板前へ。鷹宮さんは窓辺から立ち上がり、いつものように黒板消しを二つ持つ。
亜美はモップ係を買って出て、さりげなく私たちの近くを往復していた。さりげなさがうるさい。
私は当番表どおりに下段を拭いていたけれど、今日は前髪も横髪も完璧。ピンの効果、すごい。
鷹宮さんは上段を拭き終えると、バケツの位置を足で少し寄せた。水が跳ねないように、そっと。同時に、私の袖口が濡れていないか一瞬ちらっと見る。
……はい、今の、優しさポイント。気のせい? いや、他の人にはしない視線だよね?
「……宮坂」
まただ。
「な、なに?」
「チョーク、付いてる」
「え?」
彼女の視線の先、私の頬。指先で示される。
ティッシュを探そうとポケットに手を入れた瞬間、彼女の手が先に伸びた。
袖の内側で指先が一瞬冷たく触れて、チョークの白をやさしく払う。
「……取れた」
「と、取れた、ありがとう」
「うん」
うんって言った。返事、かわいい。いや何を言ってるの私。
掃除が終わり、黒板は黒板らしい黒に戻った。
バケツの水を捨てに行くとき、彼女は取っ手の重心をこちらに向けたまま、片手で支えてくれた。手がぶつかる。ぶつかったけど、彼女は気にもしない顔で、しかし確かに力を添えてくる。
階段を降りるとき、彼女の髪が肩に揺れて、光を弾いた。私はそれを見て、なぜか安心する。意味不明だ。なにこの感情。誰か訳して。
昇降口に戻ったとき、亜美が廊下の曲がり角からぬっと現れた。
「報告どうぞ」
「やめて探偵みたいな登場」
「で? どう?」
「……やさしかった」
「具体」
「バケツと、チョークと、視線と、距離と、あと」
「あと?」
「……触れた」
「はい確定」
「何の?!」
「“私限定でデレすぎ”」
「やめてタイトル回収みたいな断定やめて」
言いながら、私は靴を履き替える。外は夕方の光で、昇降口のガラスがオレンジ色に染まっていた。
ふと見ると、鷹宮さんがまだ教室のほうに戻ろうとしている。何か忘れ物だろうか。私は咄嗟に声をかけた。
「鷹宮さん!」
立ち止まる彼女。振り返る黒髪。
「きょ、今日、ありがとう。髪、あの……助かった」
「……うん」
小さく頷いて、彼女は数歩、私のほうへ戻ってきた。そして、少しだけ周りを見回す。昇降口にいるのは、私と亜美と、遠くで部活帰りの男子数人。距離はある。
彼女の瞳が、私に真っ直ぐ合う。
いつもの無表情。だけど、ほんの一滴だけ、蜜みたいな甘さが混ざる。
「……ひな」
——名前で呼ばれた。
私の世界の足元が、ぐにゃ、と柔らかくなる。息が浅くなる。
「ピン、似合ってる。……つけていて」
言い切る前に、彼女はポケットから小さな包みを取り出して、私の手に押し込んだ。
開けてみると、さっきの箱に入っていたのと同じ、黒の細いヘアピンが二本。
「え、これ」
「予備。……落としたら、困るでしょ」
「いや、でも、これ、鷹宮さんの——」
「柚」
「え」
「……呼ぶなら。私、柚」
心臓がうるさくて、しばらく言葉が出なかった。
背後の亜美が空気を読んで、そっと柱の影に隠れる気配がする。ナイス親友。
「……ゆ、柚。ありがとう」
口にしてみたら、思っていたよりもずっと、名前は近かった。
彼女——柚は、ほんの少しだけ、目尻をやわらかくした。笑った、というほどではない。でも、私にはそれで十分すぎる。
「また明日」
それだけ言って、柚は踵を返した。去っていく背中は相変わらず孤高で、誰にも依存していないように見える。けど、今、私の手の中には、彼女がくれた小さなピンが二本、確かにある。
軽い。けれど、それが示すものは、やけに重い。
亜美がそっと戻ってきて、私の肩を肘でつついた。
「——で?」
「何も言わないで。今、脳が忙しい」
「“柚”って呼んだね」
「呼んだ……呼ばされた……いや、自分で呼んだ」
「どう考えても、ひな限定で甘い。証拠、揃いました」
「やめて裁判しないで。私は被告じゃない」
でも、認めざるを得ない。
孤高の美少女ギャル。無関心キャラのはずなのに、どうしてか私にだけ——。
家に帰って、机の引き出しのいちばん手前に、もらったピンをしまった。明日の朝、忘れないように。
ベッドに倒れ込んで、天井を見上げる。今日だけで、世界の見え方が少し変わってしまった。
スマホが震えて、亜美からメッセージが来る。
《明日、観察続行》
《やめて観察とか言わないで。心臓に悪い》
《タイトル案:孤高の美少女ギャル、私限定でデレすぎ問題》
《やめて、それ本当にタイトルにする気?》
《いいじゃんバズるよ》
私は苦笑して、スタンプを返した。
目を閉じると、首筋に残った微かなひんやりと、耳元で低く落ちた声が蘇る。
——ひな。
自分の名前が、こんなにも甘く聞こえたことがあっただろうか。
私は布団の中で小さく丸くなって、顔を隠した。
孤高の美少女ギャル、鷹宮柚。
無関心キャラのはずが、私限定で——いや、これはきっと、勘違いじゃない。
問題は、ここからどうなってしまうかということ。
明日、学校に行くのが、少し怖くて、ちょっとだけ楽しみだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます