第17話 対決
プレスコット家には予想通り、ファーニヴァル一家から派遣されてきた護衛が待っていた。そしてやはり彼らとの戦闘は避けられなかった。すでにフォルクハルトとルナが戦闘に突入しているが、一頭だけ戦闘しているつもりの全くない獣がいる。
「わん!」
フォルクハルトたちがいるところ、そこから館を挟んだ向こう側が裏庭だ。そこには後詰のために集まった護衛の傭兵たちがいたが、彼らは犬のような、犬ではない鳴き声を頭上に聞いて、視線を上げた。
「うわ!! おい!! 魔獣だ!!」
館の屋根、そのさらに上から降ってくる魔獣。青空の背景とは全く似つかわしくない禍々しい巨体が、魔法を発動しようと角から稲妻を発生させながら迫ってきていた。
「やばい! にげっ……ぐわああああ!!」
マレは魔法を使った。無邪気な鳴き声を上げながら、二本の角から電撃を放ち、逃げ惑う兵士たちに浴びせかけた。
「おい! 逃げろ! こんなの聞いてねぇぞ!」
まさに阿鼻叫喚である。裏庭の護衛は本命ではないから、何かあった時だけ頼むとアレンから通達されていた。アレンも本当にそう思っていたが、魔獣マレスティアが先手で屋根を飛び越してくるなどとは微塵も思っていなかった。不意をつかれたこと、魔法使いの配置もない一般的な兵士の彼らには敵わない相手であった。
「ぐわっ! やめろ! ひぃやああああ!」
マレに咥えられ、そのまま遠くに放り投げられる傭兵たち。
マレには全く悪意も殺意もない。マレはただ、じゃれているだけである。だからこその甘噛みであるし、咥えて放り投げたりしているだけだ。
しかし、一般人にそれは凶悪でしかない。飼い犬がじゃれてくるのとは訳が違う。自分の背丈より大きな獣がじゃれるのは普通に命に関わる。おまけにじゃれているだけなのに魔法まで使ってくる。逆にそれが怖い。悪意のなさがかえって恐怖を煽る。
フォルクハルトは普段の散歩でこれを相手にしているが、彼でなければ相手などできない。今まさにそれが証明され、傭兵たちが阿鼻叫喚になっているのである。
そんな状況をよそに、館正面でも戦闘が始まっていた。
「〝ロイズ・エクスプロシーヴァ・レバーノ〟!」
わらわらと現れた敵に周囲を取り囲まれ、ルナにも魔法が浴びせかけられる中、彼女は本領を発揮している。
彼女の唱えた魔法は、高エネルギー弾を乱れ撃つ魔法で、一般の魔法使いでは扱えないいわば高等魔法である。
彼女はエルフである。エルフは魔法に長けており、人間には到底及ばない底知れない魔力と才を持つ一族だ。彼女とて例外ではない。今も取り囲んでいる魔法使いに対して遠距離から高エネルギー弾を四方八方に放ち、その力をいかんなく発揮している。
しかし、魔法においてそれが霞んでいるのは、この男のせいであった。
「〝破導式・
フォルクハルトがさらに圧倒的であったからである。バルコニーや屋根の上に出現したアレンの仲間である魔法使いに肉薄すると、魔法を使わせる間も無く魔法を浴びせかけ、一撃で沈めていく。背後から狙われても慌てることなく破導式・裂で反撃、まったく寄せ付けない。まさに圧倒的である。
「さすがはウェルナーだ……」
彼の戦闘をうっとりしながら眺めるレオノーラ。今二人が戦闘に入っているというのに、彼女は呑気にうっとりしていた。王子様が戦っている美しさに見惚れてうっとりしている。
「聖騎士様! うっとりしてないで! 手伝って!」
「いや、そんなことをしている場合ではない」
いや、そんなこと言ってる場合か! とルナは言い返しかけたが、背後から傭兵らしき何者かが迫ってきていた。ルナはそれを見つけて後ろ! と言おうとしたが、レオノーラは振り返りもせず、迫ってきた傭兵に肘打ちを喰らわせて吹っ飛ばしてしまった。
「邪魔しないでくれ! ウェルナーの姿をこの目に焼き付けるんだ!」
「う、うわ……」
もう放っておけばいいか、とルナは若干引いていた。あんな調子なのに、迫ってきた敵をものともしていない。彼女は自分から攻撃しないが、敵が寄ってきては一撃で沈めている。もはや彼女は「罠」である。彼女はそこにあればいいか、とルナはそれを割り切った。
「野郎、好き勝手やりやがる!」
一方、アレンはフォルクハルトを止めようと、屋根に上がる。
屋根の頂上に登ると館の反対側の状況が見える。魔獣が、兵士たちを放り投げたりじゃれて体当たりをしている。もはや阿鼻叫喚だ。あちらにも人手を回さないと全滅までありえるとすぐに分かるのだが、こちらも手を抜くと非常にまずい。
——フォルクハルトはもうすでに、屋根上に配置されていた魔法使いたちを叩きのめしていたからだ。
「すでに全滅かよ。てめぇやっぱり並大抵の魔法使いじゃねぇな」
「なにあたりめぇのことほざいてやがんだ。俺がてめぇらみてぇな雑魚に負けるかよ」
二人が屋根の上で睨み合う。
「手加減はしない。こちらもファーニヴァル一家のプライドがあるからな」
「見せてみろよ。てめぇそのマントの下になんか隠してんだろ」
「……よく気づいたな。なら見せてやる」
アレンは促されるまま、マントを脱ぎ捨てた。
「魔導兵器か。そんなんで何ができんだ」
彼は薄い装甲の鎧を着込んでいた。黒く艶やかな鎧でまるで上着のように上半身を覆っている。
そしてアレンは一言、「起動」と口にした。
すると鎧はその言葉に反応して、青白い光が鎧から全身を這うように伸び、光が止むと装甲が現れていく。装甲はあっという間に全身を覆いきり、顔面までも黒光りする鎧で覆い尽くした。
アレンはあっという間に、黒鎧の騎士へと変貌を遂げた。
「魔導兵器、
「鎧の魔導兵器だ? そんなもんで俺の魔法が封じれるのかよ!」
フォルクハルトはそれを見て、走り込みながら紋章を光らせた。
「〝破導式・棘〟!」
先手は彼が取った。アレンが何かをする前に、破導式・棘による黒い魔力の棘を無数に出現させ、撃ち出す。
だが……アレンはあえて何もしなかった。
「っ!? なんだそりゃあ!!」
——何もする必要がなかった、と言い換えていい。
フォルクハルトの放った魔力の棘は、魔吸反装甲に触れた途端、鎧の中に吸収されていくように消えていったのである。
これが、この魔導兵器の特徴の一つである。
「この魔吸反装甲は、敵の魔法を吸収する。それでいて通常の鎧よりもはるかに硬い。いわば最強の装甲なんだよ」
この魔導兵器は、敵の放った魔法を問答無用で吸収することができる。フォルクハルトの放った魔力の棘はその力によって、鎧に吸収されていった。
「そんだけかよ。ならよぉ、腹一杯になりゃどうなんだよ! 〝破導式・裂〟!」
フォルクハルトはその事実に動揺していない。むしろ裏をかいてやろうとしていた。
息つく暇も与えず、矢継ぎ早に魔法を浴びせかける。彼は、魔法を吸収するのならそのエネルギーが満杯になった時、防御の限界が来るとすぐさま考えたのである。
彼は続け様に魔法を浴びせかける。その度に装甲は魔法を吸収していく。防御は無敵の状態、と言えるほどに攻撃が届かない。
「言ったろ、魔法を吸収すると」
アレンは健在だ。装甲による防御は完全で、フォルクハルトのラッシュとも言える魔法の連打を全て吸収して凌ぎきった。
「そんだけだろ? まだ足りねぇってんならまだまだ行くだけだぜ」
「それだけなわけがない。魔法を浴びせ続ければ装甲が砕けるとでも思ったか。その程度の対策はしている」
アレンはそう言うと、右手を前へ差し出した。
「これがその答えだ。「反転」!」
そう唱えた瞬間、右手のひらの前に太陽の光を凝縮したような、激しい光を放つ光球が出現した。
その光が一瞬のうちに止むと、光球からは人の背丈ほどもある巨大な光線が轟音と共に放たれた。
「うおっ!」
フォルクハルトは発射直前にあった体からの危険信号に従い、野生の勘とも言うべき反射でそれを間一髪避けた。傾斜のついた屋根を転がり、体勢を立て直す。
「よく避けた。あれを避けたのはお前が初めてだ」
「野郎……やるじゃねぇか」
アレンは避けられても、避けられるだろうと分かっていたかのように平然としている。だが、下で見ていたルナはそれに危機感を覚えていた。
「何よあれ! あいつらあんなの持ってるの!?」
「奴らは裏社会で好き放題やっている。あのようなものもおそらく独自ルートで手に入れたのだろうな。なおさら放ってはおけないが……ウェルナーならきっと大丈夫だ」
レオノーラがまだうっとりしている。
いや、そんな呑気なことを言っている場合かとルナは若干引き気味で彼女を見た。ルナが見る限り、彼は魔法が封じられている状況に等しい。魔法に頼って戦っている彼とあの魔導兵器は相性最悪なのだ。それに、こちらはこちらでどこからともなくわらわらと敵が沸いてきて、それをいなすのに手間取っている。
こんな状況では加勢もできない。今はレオノーラの言うとおりになることを信じるより他はない。
「もちろん、いつでも反撃できる。俺自身の魔法も吸収してしまうから使えはしないが、今の俺とお前は相性は最高だぜ?」
余裕あり、という態度のアレンの言葉に、フォルクハルトはゆっくり立ち上がり、装甲で顔の見えないアレンを見上げつつ睨んだ。
「クソみてぇなこと言ってんじゃねぇぞ。むさ苦しいジジイと相性がよくて喜ぶかよ。どうせなら美女を連れてこいよ。メリハリボディの女限定だがな」
「……ふっ、お前とは友達になれたかもしれねぇな。だが、ここで終わりだ。てめぇは逆らっちゃならねぇ男に逆らった。親父に逆らったらもう生きていけねぇ」
「おめぇらが言う親父ってのはえらいやつなのか?」
「ああ。この辺り一帯の裏社会の親玉ってやつだ」
アレンの答えを聞いた彼は、口角を怪しく持ち上げる。
「いいねぇ。ぶっ飛ばしがいがあるぜ。俺は偉いやつは大体ぶっ飛ばすと決めてんだ。女じゃねぇなら遠慮なしだぜ」
「……やれるわけがない。お前はここで終わりだ。そろそろ来い、
「言われなくともやってやるぜ!」
本格的な対決は始まった。
フォルクハルトは再び破導式・棘を発動し、遠距離からの攻撃を試みる。魔法はやはり吸収され、すぐさま魔導兵器からの反撃が来る。魔法の吸収量によって反撃の光線の威力が変わるからか、先ほどよりはるかに細い光線がすぐさま返ってくる。ただ、吸収即反撃であるため、魔導兵器はまるで魔法を反射しているかのようであった。
フォルクハルトが攻撃して、反撃が繰り返される。光線の速度や頻度は高く、フォルクハルトでさえ避けるのに精一杯。何度も繰り返すうち、そのうちの一発が右肩を掠めた。
「ぐっ……!」
「ああ! ウェルナー! その顔も素敵だ!」
「ちょ、聖騎士様! それはさすがに!」
幸い光線は肩をかすめただけだが、あまりのエネルギーに掠めていった皮膚は火傷のように焦げ跡を残した。直撃なら肩に風穴が空いていたであろうことは、しゃがみ込んで苦悶の表情を浮かべるフォルクハルトからも分かる。レオノーラがその顔にうっとりしているが、ルナはそれどころではなさすぎて流石に
「ふん、色男だな。あの石頭の聖騎士様まで
「だろ? 俺がてめぇでも羨ましく思わねぇ。俺の理想とはかけ離れた女だからな」
フォルクハルトは屋根の頂で立ちあがる。
そして、彼は誰しもが予想だにしないことを言った。
「やめだ。てめぇとやりあってもキリがねぇ」
「は? おいおい、どうした? 勝ち目が無いから逃げようってのか?」
アレンが挑発するようにそう言うと、フォルクハルトは鼻で笑う。
「まさか。逃げやしねぇよ。ただ、現状俺に勝ち目はねぇ。そんなのバカらしくてやってらんねぇよ」
「なら、負けを認めるか?」
「そうしてやるぜ」
と、アレンの言葉に彼は素直に認めた……が、なぜか右手を高く上げた。
「降参てわけか?」
「ああ。俺はな」
フォルクハルトは、悪魔のような笑みを浮かべた。そして。全力で指を鳴らす。乾いた音があたりに響いた。
「なんだそ」
れは。なんだそれは、と彼は言おうとした。だが、それを言い切れなかった。それには理由がある。
その理由は、アレンの背後で突然激しい着地音がしたからである。
「——は?」
アレンは自らの足元に巨大な何かの影が落ちていることにも気づき、振り返る。
そこにいたのは。
自らを噛み砕こうと、大きく口を開けている巨大な獣……マレであった。
「魔獣……!? ぐぅあっ!?」
もはや間に合わなかった。アレンは回避する間もなく、その大きな口に咥えられた。胴体をがっしりと咥えられ、抵抗しても逃れられない。魔導兵器のおかげで無事ではあるが、逃げられもしていない。フォルクハルトは悪魔のような笑みを浮かべ続けている。
「さっきも言ったろ? マレはよ、普段全力で噛んだりとかしてなくて運動不足なんだよ。ちょうどいいおもちゃが目の前にあんだぜ? 逃すわけねぇよな?」
「なっ……何言ってやがる! 離せ!」
「離さねぇよ。もう気に入ってんだ」
そして。フォルクハルトはマレに告げた。
「マレ。ぶっ壊していいぞ! 全力でやれ!」
「わふっ!!」
咥えられた胴体に対して、凄まじい圧力がかかる。硬い装甲を歪ませるほどの強烈な圧力がアレンの体に襲いかかる。おそらく、装甲がなければこの時点で体は真っ二つにされていたであろう。
魔導兵器の能力のおかげでそれは防がれてはいたが、力を増していく圧力にアレンは次第に耐えられなくなりはじめていた。いかな頑丈な装甲も、それごと圧迫されるのは話が別だ。胸から腹部までを装甲ごと圧迫され、呼吸ができなくなっていたのである。
「かっ……はっ……………」
やがて、みしみしと軋み続けた装甲は限界を迎える。文字通りアレンの息の根が完全に止まる直前、装甲は金属の砕けるような音を立てて砕け散った。砕けた魔導兵器が力を失い、後から形成された装甲は光の粒子となって消えていった。
アレンの体は装甲が守っていたからか、気を失ってはいるが無事つながっているようであった。マレは装甲を砕くとどこか満足げにしており、残されたアレンの体をぺっと吐き出しておすわりの姿勢で尻尾をぶんぶん振っていた。
フォルクハルトはそれを見届け、マレに飛びついて全力で撫で回した。
「マレ! おめぇやっぱいい子だ!」
「わふ! わふ!」
何とも微笑ましい光景のように見えるが、直前で起きた出来事に他の護衛たちは一様に恐れ慄いていた。
「アレンの兄貴がやられた!」
「魔導兵器ごとやられた! 勝てるかよこんな奴らに!」
彼らは悪態をつきながら、アレンがやられたのを見て逃亡し始めた。やがてそこから誰もいなくなってしまった。わらわら沸いてきていた敵ももう姿を現さない。
「勝ったぁ! マレ! あんた良くやったわ!」
庭で屋根上を見上げていたルナが大喜びし、レオノーラはまだうっとりしている。
対決の結果は、フォルクハルトたちの完全勝利であった。
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