第30話 今夜は眠るだけ(続・新年会)

 鍋の中身が粗方なくなり、大分酒が回った頃、まだ未練があるのか圭介が夕月に声を掛けた。


「夕月ちゃんさー、翔吾と付き合ってて困った事とかない? ぶっ飛ばしたいことあったら俺たち協力するよ?」


 気の置けない同士、その中で唯一のカップルとなれば、ある程度いじられるのは目に見えていた。

 酒が入っても、どこが好きなの、とか体の相性は、とか聞かない分別のある奴らだった。

 後は段々静かになってきた夕月が変なことを言わないことを願うだけだ。


「……翔吾と、寝るとき、」

「寝る時……!?」

「ぶっ……!」


 可愛い恋人はいきなり爆弾を投げた。

 吹き出してリカにどつかれる翔吾を尻目に、夕月が質問責めに遭っている。


「いびきがうるさいとか?」

「歯軋りするとか?」

「普通にデカくて邪魔とか?」

「めっちゃ遅漏でだるいとか?」

「ちょっとリカちゃんさん……!?」


 分別を弁えた野郎どもはともかく、女子の言葉はストレート過ぎた。

 翔吾は建前で声を上げたが、ちょっとだけ夕月の見解が気になった。男としては早いよりはマシだろ、というのが本音だ。

 夕月はその質問の全てに首を振った。


「寝る時、手が繋げないの。」

「手?」


ほら、と夕月は腕を伸ばして翔吾と比べて見せる。翔吾の肘の少し先に夕月の手のひらが並んだ。


「寝る時は枕の位置が一緒だから全然届かない。」

「……手繋ぎたかった?」


 腕を戻して訊ねると、うん、と素直に頷く。可愛い。


「おい、翔吾。俺たちをほったらかして浸るな。」

「それ、協力は無理だな……。腕切る訳にはいかないし。」

「漫画かよ。翔吾のこと合法的に懲らしめようと思ったのに惚気のろけられちゃったなー。」

「あとね、翔吾はね……」

「まだあんの!? 聞きたい聞きたい!」

「おい、夕月……! お前酔ってんだろ、もう呑むな!」


 夕月の手から缶チューハイを取り上げて、口を塞いだ。

 ある程度反応が予測できる仲間はともかく、後ろから刺されるのは勘弁して欲しかった。




「じゃあ、また学校でね。」

「全員進路決まったらまたやろうぜ。」

「その時は俺も彼女連れてくるからな!」

「無理な方に1k。」

「おう、気ぃつけてな。特にリカちゃん。」

「今日は仲間に入れてくれてありがとう。すごく楽しかった。」

「夕月ちゃんも、翔吾に気をつけてな。」


 誰がリカを送るか喧嘩をしながら4人がいなくなってしまうと、急に部屋の中がしんとした。

 夕月も黙って床に落ちた野菜クズを拾っている。


「夕月、結構酔った? 大丈夫か?」


 声をかけると、弾かれたように顔を上げた。


「……大丈夫。無理言って混ぜてもらってごめんね。」

「何言ってんだよ。いつもより華やかで全然良かったよ。……夕月は、楽しくなかった?」

「楽しかった。すっごく。みんなとちゃんと喋れたし、お酒も呑めたし。……もうほんとに大丈夫っぽい。」


 夕月の言葉以上にその安堵が伝わって来て、自分の頬も緩んだのがわかった。


「夕月、片付けもう気にしなくていいぜ。後ゴミ捨てるだけだし。……シャワーそっちの奥にあるけど、使う?」

「あ、うん……、なんか、緊張しちゃって。」

「え、なんで?」

「だって、男の人の部屋初めてだもん。」

「あそっか……。」


 いまさら夕月を初めて連れて来た事を思い出した。

 最初からずっと、2人で過ごすのは夕月の部屋に限定されていた。


「ずっと夕月の部屋にいたもんな。ほら、タオル。着替えどうする? これでいい?」

「ありがと。うん、下着だけある。」


 翔吾のスウェットを抱えてバスルームに入って行った夕月は、しばらくしてちょっとだけハイテンションになって戻って来た。


「翔吾!お風呂が、広い……!」

「そうだな。」


 なぜか女の子は広い風呂が好きで、これまでもよく褒められた。

 それよりもぶかぶかのスエットを着て、襟から肩が見えそうなのに纏わりついてくる夕月の方が問題だった。


「あとね、シャンプーがスースーする。翔吾ってスースーするの好きだよね?」

「夕月、なんかテンション高ぇな。」

「そうかな、ちょっとお酒回ったかも……?」

「それで歌ってたのか? 俺のこと一万二千年前から愛してんの?」

「やだ、聞こえてたの……!? テレビで覚えただけだから……!」


 頬を押さえて恥じらう夕月を寝室に通すと、途端に静かになった。


「どうした?」

「……ベッドも大きい。いいなぁ。」

「俺がはみ出さないサイズだから……。俺も風呂いってくるから、待ってて。」


 夕月がベッドの縁に座ると、本人には言えないが小学生のようなサイズ感に見えた。

 チャコールグレーのシーツに白いふくらはぎが映えて目に毒だった。


「翔吾もお風呂で歌う?」

「……歌わねーよ。」


 

 翔吾がバスルームに消え、見慣れない広い部屋に残される。

 部屋は全体が落ち着いた色味でまとめられ、飾り物の類は一切無く、雑誌で見るようないかにも男っぽさを主張する部屋だった。

 シーツにはいくつか煙草で焦げた穴が空いている。

 枕元にきらめくネイルチップが1枚落ちているのを見つけたが、こっそり拾って、ゴミ箱に捨てておいた。

 バスルームから、翔吾の鼻歌が聞こえた。

 普段なら絶対に歌わない、聞いているとも言わないストレートなラブソング。

 不器用なメッセージに苦笑する。


「歌わないって言ってたのに、ずるいな……。」


 この部屋に、夕月の知らない翔吾がいた。

 クローゼットに、ギターが立てかけてあるのに気付いた。近寄って見ると弦は弛んで錆びている。


「……触んなよ、手ぇ切るぞ。」


 振り向くとタオルを被って翔吾が立っていた。


「翔吾、ギター弾いたの?」

「ちっと練習して、面倒くさくてやめた。」

「翔吾が弾くの聞いてみたい……!」

「そんなんもう音出ねーよ。」


 強請ると渋い顔をしながら、それでもクローゼットを引き開けて、一応新しい弦を探してくれた。


「ちっ、あった……。張り替えっから、待って。」


 乗り気なのかそうでないのか、舌打ちしながらも手を動かす翔吾がちょっと可愛いかった。


「元々練習してねぇんだからな、笑うなよ?」


 やがて胡座あぐらをかいた翔吾が、ギターを抱えなおした。


「君が僕を初めて──……やっぱダメだ。忘れた。」

「えー!いい感じだったのに。」


 歌い出した翔吾は、すぐに照れ臭そうにピックを投げてしまった。


「ちゃんと上手だったよ? かっこよかった。」

「……どーも。」


 翔吾は傍らにギターを置いて、夕月の手を握った。


「今夜、手繋いで寝るか?」

「ねぇ、誤魔化してるのバレてるよ。」

「るせーな。」


 笑って大きな手に指を絡めると、翔吾が立ち上がってその手を引いた。


「翔吾のベッド大きいよね。私もこっちの部屋に住もうかなぁ。」


 2人で腰を下ろすと、冷たいシーツが沈んでしゃりしゃりと音を立てた。


「え、それは駄目。」


 翔吾は何気ない夕月の言葉に即答した。


「なんで? 私のとこワンルームだし、ベッドもシングルだし、狭いでしょ?」

「狭くていい。俺は夕月の部屋の方が好き。この部屋はやだ。」

「そうなの?」

「そうなの。」


 2人でベッドに横になってみると、やっぱり手首が変な角度になって、繋いだ手が離れた。


「やっぱ手繋ぐのは無理だな。夕月が布団の中潜らないと。」

「……じゃあ、こうしたらどうかな。」


 翔吾の肩に頭を乗せて腕に抱き付くと、抱き枕を抱いたように体が安定した。


「あ、これ寝やすい。あったかいし、凄い新発見。」

「……これ、俺の寝やすさは?」

「痺れたら抜いていいよ。」

「……そういう意味じゃ、ねーんだけど。」

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