26. R.Sakuma
それは被害者たちを現場に誘い出したと思われる複数の手紙で、いわば脅迫状のようなものであった。
―――――――― 自分に対するいじめを告発されたくなければ、三時限目と四時限目の間の休憩時間に体育館に来い。
内容はどれも同じもので差出人の名は二つあった。
相沢雫と瀬良凛。
クラスは違っていたがどちらも南黒森中の二年生であり、二人とも事件を境に行方不明となっていた。
言わずもがなではあるが、県警特捜本部はほぼ総員で彼らの行方を追ったがその甲斐もなく足取りは全くつかめなかった。相沢雫が残した母親宛の置き手紙の中には遺書めいた言い回しと謝罪が記されていた。対して瀬良凛の自室には自殺を仄めかすようなものはなかったがその代わり不自然なほどに余分なものがなく、まるで自分の存在自体を事前に消滅させてしまったかのような印象を受けた。
捜査員たちは彼らが受けていたいじめについても詳細に調べあげた。
まず相沢雫については予想通り、体育用具室において磔の上で殺されていた男子生徒五人が主に関わっていたようだった。
それについては田村という同様に彼らからいじめを受けていた生徒から詳しい話を聞くことができた。
証言通り、相沢雫は新学年になってから彼らに金を脅し取られていた。調べてみると確かに四月ごろから相沢雫が幼い頃からお小遣いやお年玉などを貯めていた預金通帳から何度も金が引き出され、十数万円あったその残額はすでにわずか数千円足らずになっていた。田村という生徒も同じように金をせびられていたらしく、自分は親の財布などから抜いていたがそれがバレてもう限界だったと泣きながら話した。
また相沢雫は彼らから度重なる酷い暴行を受けていたらしい。
さらに殴る蹴るだけならまだしも、長谷川智史という生徒からはあろうことか性的な暴力を受けていたという。しかもその様子をカメラに撮られていた。
男子生徒による男子生徒への性的暴行。
その様子をニヤつきながらながら撮影する他の男子生徒たち。
現場を想像した捜査員たちはそろって声もなく表情を歪めた。
瀬良凛もまた殺害された女子グループから陰惨ないじめを受けていたらしいとクラスの女子生徒の一人が自分が喋ったことを内緒にすることを条件に語ってくれた。
彼女に対する本格的ないじめもやはり新学年になってからのものだったが、どうやら一年生の頃から周囲に無視されていて、いつも一人ぼっちで過ごしていたという。瀬良凛には脚部に先天的な奇形があり、どうやらそれも偏見やいじめにつながったと考えられた。
女子生徒の証言によれば黒板や瀬良凛の机に毎朝、彼女を揶揄する罵詈雑言やイラストが描かれ、また彼女の教科書や上履きは何度も隠され捨てられ、体操服なども切り刻まれることがあったという。そればかりかトイレに呼び出されて服を脱がされた挙句、全裸の写真を撮られたこともあり、そして極めつけに着けていた生理ナプキンを奪い取られ、人気のある男子生徒の机に名前を付けて置かれたのだと女子生徒は気の毒そうに話した。
ちなみに彼らの親たちは共に子供が受けていたいじめについては一切知らなかった。
それを聞いたとき思わず礼香は立場を忘れて怒りに震えた。
学校という場所が極めて閉鎖的な場所であることは分かっているつもりだったが、これほどまでに陰湿で汚れた行為が影で行われていることもあるのだ知って暗澹たる気持ちになった。
担任を始めとする教師たちはいったい何をやっていたのだろう。このような悲劇が目の前で起こっていたというのに彼らには全く見えていなかったのだろうか。あるいは見えていてもあえて見ないふりをしていたのかもしれない。それは自分たち警察官が犯罪を見逃すことと同義、教職者が絶対にやってはいけないことではないのだろうか。
また家庭で彼らを救う手立てはなかったのだろうか。
何かSOSサインは出ていなかったのか。
親がそれに気づけなかっただけなのではないだろうか。
羅列されていく思考と非難を食い止めるように礼香はフッとため息をついた。
そのようなことは私が考えても仕方がないことだ。自分の仕事は南黒森中で起こったこの大量殺戮事件の犯人を見つけ出し、身柄を確保すること、その一点に尽きる。
しかし……。
事件当日、被害者たちを体育館に呼び出したのが相沢雫と瀬良凛であることは明白だとしても、だからといって彼らが十一人を殺害したと結論付けるなど到底無理な話である。一応、写真を確認したが二人とも小柄でおとなしそうな普通の中学生だった。当然ながらヒグマのような怪力も持ち主でもゴリラのような足跡の持ち主でもない。ならば委託殺人の線はあるだろうか。
藁をもつかむつもりで取り上げたその推論にも礼香は力なく首を振るしかなかった。
―――――――― 二人には化け物に伝手があったとでも?
全ての類推がそこに帰結して木っ端微塵に破綻した。
要するに人智では計り知れない何かがこの事件を引き起こしたと考えるしかなく、いくら上から責つかれてもそこから先へ捜査を進めることは不可能だった。
礼香は時間の経過とともに増していく精神的重圧と疲労感に苛まれ、次第に追い詰められた挙句、ある日突然、激しい動機と呼吸困難に陥り倒れた。
パニック障害という診断だった。
精神科医の指示に従い、ひと月ほど仕事を休んだ。
そして再出勤の日、捜査に戻ろうとするとまた動悸と呼吸困難が襲ってきた。
それ以上、南黒森中の事件に関わることは精神的に不可能だった。
捜査一課からの転属を願い出た礼香をヤマさんの時と同じようにほとんど誰も責めなかった。むしろ同情の気配を強く感じた。ただ三奈木だけは送迎会で酔った挙句「主任、逃げるんですか」と何度も絡んできた。礼香は苦笑いを返すしかなかった。
それが今年の春のことである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます