第3話 第三王女
「だ、第三王女?」
思わず聞き返すと、フードの少女は慌てて口元を隠した。
きょろきょろと左右を見渡し、あたふたしている。
すると、後ろに控えていた同じようなフード姿の少女が耳打ちした。
「……うん、うん。そう、それがいいね。
さすがリリィ、天才、大好き!」
何やら小声で相談し合った後、フードの少女は小さく咳払いする。
「こほん。先ほどは言葉が過ぎました。
正確には、私はグランヴェルム第三王女……の影武者です!」
どや顔で胸を張るが、その胸は平らで迫力は乏しい。
一方で、後ろの少女は姿勢を崩さず、綺麗に手を揃えて座っている。
……どうも何か隠していそうだな。
だが俺は心に決めたんだ。
――暗黒騎士として追放されたあの日から。
慢心や油断は二度としない。
だから、今は素直に話を聞こう。
「それで? お嬢さんのご用件は」
「先ほど、あなたが『新しいクランを立ち上げたい』と仰ったのを耳にしました」
「こんなオッサンが年甲斐もなく……恥ずかしい限りだがな」
言葉にすると少し照れる。
だが少女はぐっと俺の手を握った。
白くて小さな手――だが無駄のない筋肉が備わっている。
鍛錬を欠かさぬ戦士の手だ。
「挑戦し、夢を追うことに恥ずかしさなどありません!
だからこそ……あなたの姿を見て、こうして――」
「こうして?」
少女は胸に手を当て、息を整える。
「私には夢があります。
冒険者として仲間と世界を巡り、やがて最強の剣士となること!」
フード越しでも伝わる鋭い眼光。
「先ほど、若者たちを陰で支えたあなたの姿――治癒師のおじ様。
偉ぶらず、謙虚で、それでいて夢を追う姿に……心を打たれました」
「お、おう……ありがとう」
そして、彼女は真剣な声で告げた。
「ですから――私を、あなたのクランに加えてください」
++++++++++++++++++++++
衛星都市アクアヴェルムは、王都グランヴェルムの南およそ数十キロに位置していた。
水の都の名を冠する街は、縦横に張り巡らされた水路を商船が行き交い、港町へと向かう小舟が次々と出航していく。
到着したのは夕方。
俺たちは街並みに目もくれず、足早にアクアヴェルムの冒険者ギルドへと向かった。
「しかし、クランに参加したら影武者業は大丈夫なのか?」
「え、ええと――か、影武者もシフト制で……今は長期休暇なんです!」
「へえ、影武者もバイトみたいなんだな」
この辺りでは顔が知られすぎているため、十五歳の少女――アイリスと旅仲間のリリィは、フードを深く被ったままだ。
ギルドに滑り込むと、クラン申請用紙と共に、俺自身の冒険者登録も再申請する必要があった。
「じゃあ、私たちも冒険者登録を書いてきますね。行こう、リリィ!」
「はい、姫さ――お嬢さ……ええと、アイリス様」
名前を呼び損ねても冷静なリリィと、頬を膨らませるアイリス。
二人は少し離れた机に腰を下ろし、用紙に記入し始めた。
さて、俺も済ませるか。
職業は自己申告制なので、暗黒騎――と書きかけて、思わず手が止まる。
「待て待て。せっかくクランメンバーもいるのに、最初からイメージ悪い職業はまずいだろ……」
クランマスターが怪しい肩書きでは、信用を得る前に躓きかねない。
職業欄は自由記入だ。
……よし、治癒師でいこう。
回復役は少なくて需要が高いし、人を癒す職業は印象も良い。
ちなみに職業の自由記載は、スキルが多様化しているためだ。
求められているスキルさえあれば、オリジナルの職業名でも構わないが、知名度のある肩書きのほうがクランに採用されやすいため、結局は既存の職業に寄せるのが普通である。
「アイリスたちも、上手くやってるかな」
ちらりと視線を向けると、二人は『あーでもない、こーでもない』と小声で言い合いながら記入を続けていた。
そんなこんなで、俺は治癒師としてFランクの冒険者エンブレムを受け取り、登録を終えた。
アイリスは剣士、リリィは――メイド。
……いや、メイドって職業なのか?
まあ、自由記入だし構わないが。
「じゃ、クランの記入も済んだから、登録してくる。ありがとな、二人とも!」
「はい、気を付けて、ギリアムおじ様」
こうして暗黒騎士ギリアムは治癒師ギリアムとなり、新たにクラン『黎明の鷲』を登録した。
仲間が二人もいたおかげか、申請は驚くほどあっさり通ってしまった。
「俺が若い頃は、クランが増えすぎて駄目だとか、似たようなクランは不要だとか、色々と理由をつけて断られたもんだが……」
「良かったですね、ギリアムおじ様」
「おめでとうございます、ギリアム様」
クランマスターの証であるエンブレムを襟に留める。
時期ごとにデザインは異なるらしいが、俺のは四葉のクローバーを模していた。
……悪くない。
幸先が良い気がする。
二人に微笑むと、アイリスはぱんと手を合わせて小さく跳ねた。
「では、クラン設立のお祝いをしましょう!」
「そろそろフードも外したいですしね」
「あはは、そうだな」
駆け足でギルドを出ていく二人の背中を見送りながら、俺はふと過去を思い出す。
俺もついに駆け出しクランマスターとなったが……アベルたちは上手くやっているのだろうか。
その問いに答える者は、ここにはいない。
あちらも追放された人間のことなど、誰も覚えてはいないだろう。
気を取り直し、俺は二人の後を追って歩き出した。
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【あとがき】
第1回GAウェブ小説コンテストへの応募作品(~2025/11/4 23:59迄)です。
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