017 隠されたアダマス

 全身に圧迫を感じる、そしてここは暗闇ではなく光の中である。

浮いているようでそうでもないような感覚、無重力と重力の狭間を感じる空間、ぴくりとも微動だにしない肉体、伏せているのか立っているのか全く分からない。

幾枚もの瞼を次々に開いて目を凝らして何かを見ようとすると、おびただしい光の粒が見えた。

魔女nは、この光の粒が世界を照らし、そして今、自分が照らされ同時に照らしているのだと感じている、いや、そう念じている。

光の粒を手にしようとするが体は動かない、と、よく見ると体はなかった。と実感した瞬間に泡の中に自分が包まれていると感じる。そして、自分という感覚がその泡の中に無数に整列し振動しているのがわかった。

平穏。

音が聞こえるようで果たしてこれは音なのか、金属音のようでもあって耳鳴りのような、いや聞こえているように勘違いをしているだけだ、震えているだけなのだと思う魔女n。

平穏の中でめまぐるしく変化する念。

『なんという世界なの』

無音であるはずの音を聴く感覚が継ぎ目なしに行われる。

そして、そこへ名を呼ばれる感覚が伝わる。

『ナナ、帰りましょう』

この世の尊さを表したような振動と波動、真の幸福。

ただただ震え、全方向に光を感じる至福の回転と捻じれ、

『ここにいたい……の』

魔女nはが、理由だと考える。


 ……と、内臓が破裂しそうな感覚に陥る。


突如深海から引き揚げられた魚のように、烈しく捩れ跳ねる体。声は出せない、呼吸を忘れてしまっているようで喉が絞まって苦しい。耳も詰まって一切の空気を遮断しているのがわかる。

「ナナ、しっかりして! 吸うのよ、胸を膨らませるの!」

メリアが魔女nを抱き、背を叩きながら叫ぶ。

「ううっ! はぁはぁはぁ……ああ!」

魔女nはやっと呼吸を始めた。

「ああ、よかった! ナナ、大丈夫よもう大丈夫」

メリアは魔女nから離れ顔を見る、瞼を引っ張って瞳孔を確認、口に指を入れて喉の奥も確認した。未だ苦しそうな魔女nは、

「はぁ、ありがと……もう大丈夫よ」

魔女nは胸に両手をクロスしてあて何度も深呼吸をしている、そして自分の顔を何度も摩っている。

「久しぶりだったから……きつかったのね」

魔女nはそう自己判断する。

「そうね、子供の頃はあんなに簡単だったのに。不思議ね」

メリアはエレメの穢れのことを遠回しに表現している。

そして、魔女nはさも残念そうに、

「ああ、まただわ。幸福感しか思い出せない。やっぱり私には無理なのね」

と言う。

「その内に……ね。私は毎日こうしているもの、もう馴れてしまっただけよ」

メリアは優しく言う。


 二人は精霊とコンタクトをとるために、身体の中で、存在にとって重要なエレメの状態へ近づいていた。

魔女nの依頼で隠された[アダマス精霊を護る石]の確認をするためだ。

メリアは木の精の一族で、[皇極エレメ土性][生命の育み大地の精霊ハルラサ]の恩恵を受けている。

人間の営みから乖離した生活をしており、直に精霊とコンタクトできる貴重な人間、最高位と言っていい魔女だ。人間であることからメリアとて精霊に比べれば純度の低いエレメの複合体と言えるが、コンタクトできる存在は限られている。

魔女nが苦しんだのは、現実世界に戻るとエレメから一気に複合体へ転生するようなもので、身体の一部に物理的な負担が生じるからである。同時に魔女nのエレメは昔のように精霊と直にコンタクトできないほど穢れていると言える。

無理に精霊を呼び出すことも不可能ではないが、それは避けたかった。最も精霊に近いメリアと一緒であれば、自分が近づいても精霊を怒らせたり傷つけないと考えたのだ。そして、昔を懐かしみ、メリアと共にコンタクトを試みたいとも思った。

「ふふ。やっぱり貴女は優等生ねメリア。で、どうだった?」

魔女nは、今はもう呼吸を整えてしっかりとした口調で尋ねている。

「ええ、ナナの言う通りだった。訳があって隠されているのだろうと[生命の育み大地の精霊ハルラサ]は言ったの。つまり、[アスピダ精霊とアダマスを護る存在]も決定しているということよ。でも[アスピダ精霊とアダマスを護る存在]が目覚めた兆候もなく、何故[アダマス精霊を護る石]を隠しているのか何処に隠されているのかは知らないと言ったわ。こんなこと……恐ろしいことだわ。ナナ、お願いだから追うのは辞めて」

メリアは祈るような声音で伝えた。

だが、

「そう……ね、[アスピダ精霊とアダマスを護る存在]は決定している、そうなるわよね。でもおかしいわ、あの仔には欠片しか感じない、[アダマス精霊を護る石]だと分からないくらいに。それに……私だけじゃないわ気づいているのは」

魔女nは苦々しいという表情になる。

「まさか……お師匠様が」

メリアはほぼ確信している。

アダマス精霊を護る石]に気づくことができるのは精霊と高位な魔女だけだ。この世界でそれに気づく存在、それは、

「[古代の魔女キルケー]よ」

魔女nが言うと、メリアは両手を組んで胸を押さえた。

「[古代の魔女キルケー]はあの仔の[アダマス精霊を護る石]の欠片に気づいて利用していた、いつものやつよ。邪悪で卑劣で低俗な魔術を使って、あの仔を穢そうとしていたの。あの仔には業が宿っている、人間として死んだのはよかったのかもしれないわ。運がいいとも言える」

「運がいいだなんて……そんな言い方はしないでナナ」

メリアは厳しく諭す。

「ごめんなさい。私、貴女にはつい甘えてしまうわね」

魔女nは恥じている。

「とにかく、これではっきりして助かったわ。ありがとうメリア。私の愛しい人が困っているのよ」

魔女nは恥ずかしそうに言った。

「ナナ……お願い。[アダマス精霊を護る石]を追わないで。関われば魔女でいられなくなる、それどころかエレメが」

メリアが心を込めて言うのへ、

「うん! ありがとうメリア。私も精霊を困らせたくはないし、この世界が好き。だから無茶はしないと約束する。そうね……貴女へは全て報告すると誓うわ」

魔女nはメリアを抱き締め親愛を込めてキスをした。

そうして別れの時、子供の頃のように何度も振り返っては満面の笑みで言う、

「またねメリア、私のフィーリ! 必ず会いましょう!」

遠慮なく大口を開けて笑う魔女n、

「美人の顔が台無しだわ」

メリアは思わず微笑んだ。

メリアは去っていく魔女nの後姿にそっと呟く、

「ナナ、私の真のフィーリ。貴女に精霊のお赦しがありますように」

メリアは、魔法を使って消えたりはせず、いつまでも歩いて森を抜けていく魔女nの姿を見送りながら、強く清いエレメを震わせて願っている。

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