015 レオンの誓い

「お入りください」

イリスを連れて牢獄へ来たレオン。

「お母さまの言った通りだわ、傲慢なレオン」

イリスはまるで習慣のように、すぐさま自らドレスを脱ぎ下着だけになった。

レオンは黙々と作業をこなす。

先ずは薬草に浸した銀の手錠と足枷をイリスにつける。

「くぅっ」

肌から火傷の症状が現れる。

そして、右腕の肘の裏と手首の間の血管へ針を刺す。

ゆっくりと薬草入りの液体がイリスの血管へ流入する。

「あぁ!」

イリスとてアルケーだ、辛抱できない苦痛ではない。

しかし、失神するほどではないにしても一晩も続けば拷問である。

「イリス様。お願いでございます。どうぞお約束ください、もう二度と同じ魔術をお使いにはならないこと、そしてその魔術の方法の在りかをお話しになること、そして……暫くゾーイ様にお近づきにならないことを」

レオンは淡々と話した。

苦痛に慣れているイリスは低く憎しみを込めた声で言う、

「ゾーイに近づくなと……私の弟なのよ? お母さまに似ている私が憎いのでしょう! 父上とあなたはそうして私をお母さまと同じように殺すつもりね!」

「イリス様、お言葉が過ぎます」

レオンは厳しく冷たい目でイリスを見た。

「その目……たかがアルグルのくせに! 美しいその顔と肉体で父上をたぶらかしたのでしょう! 父上は男の身体も愛せるのね!」

イリスがそう口走った瞬間、

「あの方を愚弄するおつもりですか」

レオンは躊躇いなく天井から吊るされているロープを引いた。

「ぎゃああ!」

苦しみ喘ぐイリス、レオンが引いたロープの先には薬草の入った大きな桶があり、それが一気にイリスの全身を濡らしたのだった。

「バ、バーベナを使うなんて!」

「あのお方はご存じありません。もちろんこの罰のことも、です。後ほど私への罰は喜んで受けます」

「あ……あぁ……」

イリスは気を失ってしまった。

「私としたことが」

レオンは無表情に言う。

いくらアタナシオスのことに触れられたからと言ってやりすぎかもしれない、と少々反省はする。だが、今回の件については許しがたいことがあまりにも多すぎた。

レオンは手錠と足枷を解き、イリスを拷問台へ寝かせると付属の拘束具で自由を奪った。が、腕に取り付けた管は抜いておく。イリスが被ったバーベナの量では、明日の夜までは起き上がれない、これ以上は無用だと判断したのだ。

抜き取った管からバーベナがぽたぽたと床へ滴るのを見て、レオンは昨日の、ゾーイの仮面から滴り落ちる涙を思い出した。


 無垢なゾーイ、慈悲深くどんな生物も愛おしく思う心優しい子。

ゾーイは何時間も泣き続け、

「レオン、一緒に来てくれる? ソフィとお別れをするから」

自らそう言った。

どれほどの哀しみとやるせなさを背負っただろうか。

幼い手で土を掘り、汚れた手で涙を拭うと頬が土まみれになった。それでも黙々と土を掘る、とめどなく溢れくる涙で、頬の土にはまるで溶岩が地を溶かしたような涙の筋が表れた。

レオンが手伝うことを拒んだゾーイ、

「僕のせいだから……僕がお墓を作るんだ。でもお別れするのに僕一人じゃソフィが寂しがる。レオンにはとても強いエナルジがあるのでしょ? レオンは僕と一緒に、エレメへ還ることを祈ってあげて……どうか……お願い」

そう言いながら、そう言い終えるまでも泣きながら、ゾーイは土を掘る手を休め、両手を合わせてレオンへ頭を下げようとした。

「ゾーイ様!」

レオンは瞬時にゾーイの顎へ両手を差し出した。

「なりません! 私は父上の[バレ従者]です。それはすなわち、貴方様の[バレ従者]でもあります。どうか、このような振る舞いは……お赦しください」

レオンは平伏した。

ゾーイは言う、

「僕は……大好きなレオンにお願いしたいだけなのに」

ゾーイの瞳は哀しみを超えあるかなきかの空を視ている。

ゾーイは幼い手を胸にあて嗚咽を堪えている、その姿を見ながら、レオンはここへ来るまでのことを思い出す。


 ゾーイは自分の膝の上でソフィを抱きかかえたまま、苦しむ間もなく死に至るという劇薬を指先につけてソフィに含ませた。するとソフィは瞬時に失命した。死を知ったゾーイは泣くのを堪えながら仮面を取り、ソフィにつけてやった。

そしてゾーイは言った。

「ソフィ、いつか会おうね」

『アンブロシア、いつか会おう』

ゾーイの言葉と自分の言葉が重なった。

涙など出ない、だが顔面が熱くなった。

レオンは切なさで鼓動が乱れていることに気づいた。どんな命も尊い、こうして自らの手で愛するものを死なせる覚悟など自分にはない。

そう思うとゾーイの決意の重さが、哀しみという言葉を軽く超えていく。ゾーイの情感を表現することなど、そんな方法など存在しないとさえ思えた。

そして誓う。

二度とこのような思いをさせないと。


「レオン、ここは僕とレオンだけの秘密……だよ」

ゾーイは躊躇いがちに言う。

レオンは[バレ従者]だ、ゾーイはそれを察している。

「お墓参りをしたいだけ、この場所を守りたいだけ。いけない?」

まだあどけなさの残る仮面をつけていないゾーイの顔は、常に側に居た頃の、幼少期のゾーイを思い出させる。

「ゾーイ様。私に秘密は持てません。ですが、[マスター主人]が尋ねなければお答えすることはできません」

レオンは精一杯の気持ちを伝えた。

「ありがとうレオン、ごめんね」

心優しいゾーイはこんな時にもレオンへの気遣いを忘れない。

自分の為に秘密を守ろうとしてくれているレオンの立場を思い遣り、そこに感謝を忘れないゾーイの言葉が、レオンの忠誠心そのものを甘く痺れるように刺激した。

『私は幸せ者だ』

レオンは心からそう思った。

『このお方を[マスター主人]以上に想うことは許されないだろうが、叶うことならこのお方を常に護って差し上げたい。[マスター主人]が特別なお子様だとおっしゃった意味が胸に沁みる。なんと清きお方だ』

レオンはアタナシオスに感じる温もりをゾーイからも感じていた。



 今、レオンは気を失っているイリスの表情を見て、亡きラミアーのことを思い出した。途端に烈しい怒りがゾーイを想う幸福感を打ち消した。

「数々の悪行、これからは決して見逃しはしない」

レオンは固く誓った。

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