二人の禁断の約束

凪野 ゆう

第1章 禁じられた出会いー妹の友達に触れてしまった夏

蝉の声が、夏の午後の空気をさらに重くしていた。


氷を入れた麦茶のグラスを三つ、トレーに乗せてリビングへ向かう。

ドアを開けた瞬間、視線が吸い寄せられた。

机の向こう、妹の隣に座る少女。

結わえた髪の隙間から覗くうなじ。

白いシャツに浮いた汗の輪。


「お姉ちゃん、麦茶ありがとう」

美緒が振り向き、グラスを受け取る。

その隣で少女も慌てて頭を下げた。


「はじめまして。白石玲奈です」


玲奈。

その名前は、麦茶の氷が鳴るより鮮やかに胸に響いた。


「結衣です。美緒の姉」

そう名乗りながら、机にグラスを置いた指先がほんの少し震える。

机の上には開かれた参考書。

マーカーで埋め尽くされたページ。

玲奈のノートは几帳面すぎるほど丁寧で、消しゴムのかけらが散っていた。

私はソファに腰を下ろしたふりをしながら、彼女を観察してしまう。


細い首筋。

指先にできた小さなペンだこ。

汗で頬に張りついた髪の毛。

——妹の友達に、見惚れている。

その事実が、心臓を一層速くさせた。


「ここ、どうやって解くんだろ……」

玲奈が困ったように眉を寄せる。

美緒が答えようとするが、私が先に口を開いた。


「ちょっと見せて」

自然を装って隣に座り、彼女のノートへ身を寄せる。

近すぎる距離。

玲奈が小さく息を呑んだ気がした。


「ここはね、視点を変えると簡単なんだ」

私はペンを取り、余白に図を描いた。

そのとき、わざと自然に——彼女の手の甲に、自分の指先を軽く触れさせた。


「あ……っ」

玲奈の肩がわずかに揺れる。


「ごめん、狭かったね」

謝りながらも、目は逸らさなかった。

触れた指先に伝わる温度を、まだはっきり覚えている。


「い、いえ……助かります」

玲奈は赤くなり、俯いた。

妹の視線が向けられていない隙に、私は彼女の髪の先をそっと摘んでみる。


「少し汗で張りついてるよ」

自然を装った仕草。

けれど、触れた瞬間に私の心臓が大きく跳ねた。

玲奈は小さく笑い、頬をさらに赤く染めた。


「——お姉ちゃん、手止まってるけど?」

美緒の声に、私は慌てて手を引いた。


「ごめん、つい。……わかる?ここ」

誤魔化すようにページを指さす。

玲奈は小さく頷いた。

でも、その頬はしばらく紅潮したままだった。


夕方。

勉強を終え、靴を履く玲奈。

結び直した靴紐を引きながら、私をちらりと見上げた。


「今日は……ありがとうございました」

「ううん。また来て」

その言葉は妹に向けてのもの。

けれど、本当は私の胸の奥から溢れた願いだった。

ドアが閉まり、足音が階段を下りていく。

私は唇を噛みしめた。


——妹の友達に、触れてしまった。

指先の熱を思い出しながら、私は冷めきった麦茶を一口飲み干した。

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