第14話 勝者と、次なる王

 僕のジャンク・キャッスルは、その半分を爆発で吹き飛ばされていた。

 一瞬の静寂。そして、僕の脳を焼く、絶望的な光景。


「リョウガ先輩!」

 僕は、ヘッドセットに叫んでいた。

『なんとか生きてる』

 リスポーン待機中を示す灰色の表示から、やがて緑のランプが灯る。リョウガ先輩の声は、悔しそうだったが、まだ戦意は失っていなかった。

 良かった……。安堵も束の間、僕は即座に新しい指示を飛ばす。

「もう後は総力戦です。敵のコアが露出してる! みんなで攻撃をお願いします!」

『分かった。こっちは任せてくれ』

「僕は、こっちについて来ている敵のアタッカー一体を引きつけておきます!」

『分かった』


 リョウガ先輩が、リスポーンした仲間たちに檄を飛ばす。

『ミミ! クエンティン! 聞いてのとおりだ! 行くぞ!』

『リョウガ先輩! 待ってくれ! 俺は空から行く!』

 クエンティンの声。

『分かった』

 リョウガ先輩は、先ほど僕が投げた『バネx2』を再び立て、それを支える。そのタイミングを完璧に合わせたクエンティンが、すごい勢いでバネを駆け上がり、再び上空へと舞い上がった。

『ミミ、俺達も急ぐぞ!』

『うん!』


 そこからは、まさに総力戦だった。

 上空からクエンティンが、手持ちの最後の爆弾を空中要塞へと投下する。しかし、敵の護衛アタッカーの一人が、信じられない動きで空中要塞の甲板を駆け上がり、その身を挺して爆弾を受け止めた。自らのアバターと引き換えに、コアへの直撃を防いだのだ。だが、これで空中要塞の護衛は、クエンティンと一騎打ちを演じている、残り一人になった。


 僕は、前半分だけになった要塞を、ありったけの速度で飛ばし、僕を追ってくるアタッカーの攻撃を必死に避けていた。後のタイヤが無いため、土台の板が地面に激しく擦れ、要塞全体がガリガリと嫌な音を立てて揺れる。操縦しにくいことこの上なかったが、『推進ファン』で無理やり加速する僕の要塞は、なんとか追手のアタッカーを敵のコアから引き離していった。


 その時だった。僕の胸を、一本の矢が、音もなく貫いたのは――。

 自分の体が、青白い光の粒子となっていく。その最後の瞬間、モニターの隅で、後ろを振り返った僕の目に映ったのは、追手のアタッカーが、さらに弓を引き絞っている姿だった。


『ごめん、みんな! やられた。 後は頼む!』


 僕がリスポーン待機に入る中、戦場では最後の攻防が繰り広げられていた。

 リョウガ先輩とミミ先輩が、地上から必死に弓を撃ち続けている。敵の空中要塞も、先ほどの爆発で損傷が激しいのか、姿勢制御で手一杯のようで、その巨体が逆に的を絞らせない状況を作り出していた。

『あと少しだ、後1、2発当てれば……!』


 クエンティンは、空中要塞の上で、最後のアタッカーと激しい一騎打ちを繰り広げていた。剣と剣が火花を散らす。だが、一瞬のフェイントで敵の体勢を崩すと、その隙を見逃さず、クエンティンは渾身の一撃でとどめを刺した。


 そして、全てが決まった。

 上空のクエンティンから。地上のリョウガ先輩と、ミミ先輩から。三方向から放たれた三本の矢が、美しい軌道を描いて、敵のコアを、同時に貫いた。

 空中要塞『グリフォン』が、断末魔のような甲高い音を立てて、大爆発を起こす。

 勝利を告げるファンファーレが、会場に鳴り響いた。


 ログアウトしたブースの中は、歓喜の爆発に包まれていた。

 リスポーン地点で勝利の瞬間を迎えた僕は、少しだけ輪に入りそびれて、みんなに頭を下げた。

「ごめん、今回は失敗ばっかりで」

「何言ってるんだ。そもそもお前がいなきゃ、ここまで来れてねーよ!」

 クエンティンが、僕の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。リョウガ先輩も、ミミ先輩も、笑っていた。


 その、温かい空気の輪を裂くように、一つの拍手が聞こえた。

 ゆっくりとした、それでいて、やけに響く拍手。

 僕たちのブースの前に、一人の男が、いつの間にか立っていた。背が高く、気品のある顔立ち。彼が着ている揃いのユニフォームには、『アヴァロン・ガーディアンズ』の紋章が刺繍されている。


「おめでとう。ミッドタウンで会った時以来だね。決勝で会えるのを、楽しみにしているよ」

 その声は、穏やかだが、底知れない圧を感じさせた。

「誰だ!」クエンティンが、警戒するように身構える。

「ランスロット・エインズワース。決勝で君たちと当たることになる、『アヴァロン・ガーディアンズ』のリーダーだ。お見知りおきを」


 その時、ランスロットの後ろから、別の選手が顔を出し、僕たちを値踏みするように見て、嘲るように言った。

「プッ! 見ろよ、こいつらの装備! こんなガラクタで、よくここまで来れたもんだ」

「モードレッド」

 ランスロットが、静かに、しかし有無を言わせぬ声で、その男の名前を呼んだ。

「よさないか。彼らは、我々が決勝で戦うにふさわしい、好敵手だ」


 モードレッドと呼ばれた男は、つまらなそうに舌打ちをすると、踵を返した。

 ランスロットは、もう一度僕たちに軽く会釈すると、静かにその場を去っていく。

 僕たちは、ただ呆然と、最強のライバルの、その広い背中を見送ることしかできなかった。

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