君の本音はどこにある?【完結】

広瀬 可菜

第1話 あのときのこと、なかったことにしますか?

 ずっと触れたかった蓮くんが、今まで見せたことなかった男の顔で、覆いかぶさるようにキスをした。


 その先のことを、もう、鮮明に思い出すことは、難しい。


 だって、すごく時間が経ってしまったから…。


「ねえ蓮くん、覚えてる?」


 目の前で書類に目を通す蓮くんを見つめて聞いてみるけど、わたしをそっちのけで、書類の確認を進めてる。


「なんのことですか?」


「だから、その…」


 蓮くんの職場で、2人でホテルに行ったときのことだよ!なんて言えるわけもなく、あっちを向いたり、こっちを向いたり、言葉が見つからず、顔を両手で隠すわたしに、ようやく蓮くんが目線を向けた。


 いつもは、やわらかい雰囲気をまとっている蓮くんの、ときどき見えるクールな目線と表情に、「男」を感じて、どきっとする。

 

 実は、わたし以外に冷たいことを知っていた。


 たまたま、私以外の人と接する場面をみて、普段はこういう接し方してるの⁉怖いよ⁉と、正直思ってしまったほど。


 若くてかわいい子が好きなんて言ってたのに、あれじゃモテないよ‼と言いたくなったけど、冷たくしたって、怖がられたって、モテるスペックを持っている。


 整っている顔立ちに、小顔がよくわかる爽やかでやわらかい髪質、染めてないのにやや明るい髪色。


 座っていると目線は近いのに、立つと全然違う腰の位置。


 大きな手のひらに、普段は外しているけど、複数空いたピアスの穴。 


 おとなしくしているけど、周りからチャラいって揶揄されるぐらい、隠しきれていないチャラさと、みんなには内緒にしている背中のタトゥー。

 

 かわいい顔して、スタイルも、雰囲気も、行動も、男を意識させる蓮くんに、わたしはどっぷり沼っている。


「…ちゃんと言ってくださいよ」


 すっとぼけた顔してるけど、その言い方は、絶対わかってる。


 意地悪ばっかして、わたしの反応を見て楽しんでいること、知ってるんだから。

 

「わかってるくせに」


「さあ、忘れましたね。ずいぶん昔のことなんで」


 覚えてるじゃん‼と叫びたい直前で、「ハンコとってきます」と蓮くんが離席した。


 4つ下のイケメンに恋をして、早4年。


 いい加減、終わりにしないとな…と思いながらも、ここから抜け出せない。


 蓮くんと体の関係をもったのは1回だけ、しかも、あれから3年の月日が経っていた。


 



 蓮くんと出会った頃、わたしには彼氏がいた。


 彼氏がいたのに、蓮くんと話せるのが嬉しくて、蓮くんと過ごせる時間が楽しくて…、わたしは、彼氏より、蓮くんを選んだ。


 後悔はしてない、後悔するはずがない。


 だって、こんなに好きになれる人に出会えたなんて、ラッキーだから。

 

 そう思っている、今だって。 


 蓮くんの気持ちが、どこにあるかわからなくても。


 振り向きませんって言われていても。


 振りません、諦めるんですか?って言われて、悔しくて泣いても。


 結局は、優しくしてくれる蓮くんに、折れてくれる蓮くんに、離れていかないように繋いでくれる蓮くんに、めちゃくちゃ心を奪われてしまっているから。


 もう、末期なことは、自覚してる。


「蓮くん、結婚しよ?」


「あほですか」


 あのときのこと、なかったことにはしません。


 





 

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