第7話 凍てつく彼女

「お前、赤城瑠璃と付き合ってるのか?!」

「ていうか、誰だっけ? ああ影山だ! っで? 実際はどうなの? やっぱお金?」

「もしかして、生き別れた兄妹とか?」


 どれもこれもバカみたいな質問だった。まず俺の名前を忘れているのは論外として、最後の質問に関しては意味が分からない。どこのライトノベルだよそれ。

 ともかく周囲の人間が俺と赤城の関係にひどく注目し、動揺しているのは明らかだった。そして俺もそうなるようにわざと「い、いやあ、たまたまだと思うけど」なんて意味深な答え方をしたもんだから、聞いてきた奴らはその話が本当かとばかり気になり、落胆したり、失望したりしていた。いや本当にわざとで、決して俺がコミュ障だからとかじゃない、演技演技。

 その演技が功を奏したのかはわからないが、俺がクラスに到着する頃にはすでにその噂で持ち切りみたいだった。

 クラスに入るや否やいつも通り一瞥くれてからグループトークの戻っていくのだが、その視線の多くがぎこちない動きで俺の事をまたちらちらと気にするように見るのだ。そして極めて声を潜めて話している。俺も舐められたものだな、そんな小さな声でも俺の耳は正確に何の話をしているのかとらえられるというのに。


「あれ、影山君? て人がちで瑠璃と手繋いでたよ」

「そういや赤城、昨日いつもと違う道で帰ってたぞ」

「なんか、後輩の子が仲良さそうに話してるの見たんだって」


 本当か本当じゃないか、なんて大した問題ではない。ただ俺と赤城が付き合ってるかもしれない、という噂さえ出回れば川又へのけん制になることは間違いなかった。この広まりようなら、すぐに川又の耳にも届くだろうから。

 それにしても、噂って怖いな。信憑性なんてない、事実無根のことだって誰かが話立てればすぐに火が出てくるんだもんな。今回は俺たちが焚きつけたが、こんなに大きな火にした覚えもないほど噂に尾ひれがつく。

 俺と赤城が放課後どこかに行ってた、とか。赤城が頑なにスマホを覗かせないのは俺との連絡を見られないためだとか、俺が裏では川又みたいに女子を誑かしている、または家が金持ちだとか、そんなありもしあい噂が堂々と話されている。俺は改めてこういったコミュニティでの噂の広がり方の怖さを知った。そして同時にある予感も浮かぶ。もしかして……と、考えた時、火種が元気よく登場。


「おはよー」

「おっはー瑠璃」

「赤城さんおはよー」


 その空間はいつもの調子だった。赤城の明るく溌剌な挨拶にいつものメンバーが元気よく返した。てっきりここでも俺を使って何かしらの無茶ぶりでもしてくるのかと思ったが、そうでもなく、いつも通りのメンバーと談笑していた。仲良く、楽しそうに。これだけ見るといつもの光景だった。しかし、いつもの調子にも間の抜けた空気を感じとった。パンパンに膨らんだ風船のような張り詰めた空気。誰かが指を立てればすぐにでも割れてしまいそうな、そしてその空気は本来陽キャである瑠璃の方が敏感に感じ取っているはずだったのだが


「みんなどうしたの? 何かあった?」


 遠慮せず瑠璃はグループの緊張に針を刺す。このばか、なんで気づかないんだよ。クラスの人気者である瑠璃が俺みたいな陰キャと付き合ってるなんて噂。一歩間違えば瑠璃を刺激しかねないとも思っているのかもしれなかった。

 それでもずっとあの噂が気になっていたんだろう。メンバーの一人が満を持して気まずそうにその話題を持ち出した。


「瑠璃って、あの、影山君と付き合ってるの?」


 クラスの中に異様な空気が流れる。暗黙の了解を破ったような、ただならぬ雰囲気。たちまちクラスの中は一見騒がしいようでするどい沈黙となっていた。誰もが瑠璃の言葉に聞き耳を立てているに違いなかった。その答えをしる俺ですらその雰囲気に視線が吸い寄せられる。瑠璃の言葉を待ってしまう。

 恋をする乙女のような表情。頬を紅潮させ、小悪魔的な微笑みを携え、瑠璃は告白する。


「う、うん。付き合ってるって言ったらどうする?」


 若干恥じらいながも、それでいてどこか悪戯っぽさも含んだその表情は俺から見てもとても可愛く、主演女優賞を受賞できそうなほどの演技だった。いやきっとみんなは演技だとは知らないだろうから、どう見えてるのかは俺にもわからなかった。

 なぜなら俺ですら瑠璃とは嘘の関係だと一瞬忘れる程だった。あれ、俺いつから付き合ってったっけ? ていうか学校にこんな可愛い子いたっけ? なんて錯覚する。だからきっと周りの知らない人間には俺以上にもっと魅力的に、もっと蠱惑的に見えただろう。


「そうなんだー!」

「いつから?!」

「どっちから告白したの?」


 緊張が緩和されホッとしたのか、瑠璃の周りに人が集まる。もちろん俺にも「まじで?! お前が?!」 「俺も赤城さんと付き合いたかったぁぁ~」なんて集まる。いいなお前らは気楽で。あいつの裏の顔知れば……いや基本ドMみたいなやつしかいないし、意外にその二面性が刺さるのか? でも俺にはきついから交代できたらしてやりたい。お前らにこの青春という嘘を譲ってやりたい。

 俺はいつ振りだろうかの下手くそな笑みを顔に貼り付け、誤魔化しつつも否定せずに対応する。こんなに学校で話したのはいつ振りか、めちゃくちゃ疲れた。

 ようやく休憩と言う名のホームルームの時間になる。

 そしてセカンドラウンド。少しできた授業前の休憩時間、また俺の周りに人が集まる。当のお嬢様はグループと廊下に出ていった。そしてでかでかとグループの連中と俺との馴れ初め(嘘)について話し出す。俺にどこに惚れたのか、告白は私からだとか、聞いてて恥ずかしい内容だったので俺は聞かないようにした。というより俺もガヤどもの対応で忙しかった。その時だった————


「ちょっと静かにしてもらえる?」


 かき氷をかき込んだ時のように、頭の中でキーンという文字が流れたのはきっと俺一人ではない。隣に座る彼女が発した言葉が、このクラスを、教室を、極寒の中のように震える程冷がらせた。ため息をつくその吐息すらも冷気に感じる。気づけば俺の鳥肌も悲鳴を上げる程に立っていた。

 俺の周りにいたガヤはその冷気に耐え切れず、震えながら場を後にした。もちろん謝罪の言葉を口にして。一応は助けられた、多分。 それでもこの冷たさは何なのだろう。

 俺はその冷気の正体である隣を見る。思わず目を見開く。

 瑠璃に負けず劣らずの美貌に、真っ白なハイソックス。長く伸びた綺麗な黒髪が彼女のため息の度に優しく、それでいて鋭く揺れた。視界を遮った髪を耳にかける仕草も、俺に一瞥くれて文庫本に視線を戻すその動作一つすらも上品に見えた。綺麗。まさにその言葉を体現するような美少女だった。


「あ、あありがと」


 震える声で礼を言う。

 彼女は一つも態度を変えないで、俺の方すら見ないで淡々と言う。いや、冷淡に。


「別にあなたのためじゃない。勝手に感謝しないで」

「あ……うん」


 俺の身体を凍てつくすほど容赦のない言葉。彼女の前ではどんな言葉すらも、態度ですらも氷の城壁で全て凍らせられるような気がした。これ、俺風邪引くんじゃないか? それほどまでに寒くて必死で裾を伸ばした。


「はあ……」


 だからため息やめて、そのため息一つで辺りに氷壁でも出来るんじゃないだろうか。

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