第24話「師弟の刃、未来を拓く」
――火の前では、嘘をつかない。
それが、この工房の唯一にして絶対の掟だった。
今日も、炉の火はよく燃えている。
霊炭の赤は揺らがず、鋼の芯まで均一に熱を届けていた。
「フェン、そっちはもういい。次の鋼を――」
言いかけた声より早く、刃物フェチの少年はすでに次の素材を手にしていた。
「この鋼、中心にわずかに空洞がある。たぶん、炭素の焼けムラ。鍛接前に軽く抜くよ」
「……見てわかるようになったか」
俺――オリン・ハルドは、無言で霊炭を追加した。
フェンの目が、鍛冶師の目に近づいてきている。
嬉しいというより、心地よい緊張があった。
ライラは防具の試着台の前で、少女とは思えぬ真剣な顔つきで革鎧のテンションを確かめていた。
グリトは新しい補助器の設計図をひっくり返しながら、俺に何度も「素材の応力の流れ」を質問してくる。
サーシャは研磨石の山を崩しながら、無言で三人を観察していた。
「成長したな、あの子たち」
「ああ。俺の口癖を真似する程度にはな」
「"火を見ろ"ね。よく言ってる」
「火が嘘をつかないからな」
そんなやり取りをしていると、扉が叩かれた。
いつものように強くなく、弱くもない。
均整の取れた、計算された音だった。
開けると、そこには長身の青年が立っていた。
清潔な服装、丁寧に整えられた髪。
王都の匂いをまとっている。
「辺境代表、オリン・ハルド様ですね。私は工房連合の執行官、ディール=サヴァートと申します」
サーシャの眉がわずかに動いた。
グリトは「工房連合」の語に小さく声を上げた。
「用件は」
「王都大会の開会式に先立ち、各工房代表に予備審査をお願いしております」
「予備審査?」
「ええ。提出された技術概要書では、御工房は“霊炭の偏温制御”と“改造技術”に特色ありと見受けられました。可能であれば、現場でその実演を拝見できればと思いまして」
その言葉に、弟子三人が同時に顔を上げた。
ライラがそわそわと盾の革紐を結び直し、フェンが砥石の向きを変え、グリトは工具箱の中を整え直している。
「……いいだろう。だが、俺一人ではやらん」
「承知しました」
俺たちは、試技場へと移動した。
木陰の試技場にて。
ディールの部下が、大型の鉄塊を持ち込んだ。
「この鋼塊に、短時間で“実戦適応した戦具”を製作していただきます。制限時間は六十分」
「よし――三人とも、いくぞ」
「了解!」とフェンが一番に返し、ライラが黙って頷き、グリトが「やってみせる!」と続けた。
まずフェンが鋼を見極める。
「鋼芯の緻密さは中程度。靭性に振れば二撃目まで耐えるはず。焼きムラに注意」
ライラが盾構造の設計図を展開し、グリトが補助器具の選定を始めた。
「今回は“耐衝撃+跳力反転”で構成しようと思う。反動を活かせる武具にすれば、面白いかも」
「グリト、跳力反転は媒介に水銀を使うぞ。安定させられるか?」
「霊炭の層を調整すればなんとかなる。オリン、偏温制御、協力してくれる?」
「任せろ」
俺は炉の火に霊炭を二枚追加し、温度層を意図的に反転させる。
外殻を急冷、内芯をじわり。通常と逆のアプローチだ。
サーシャがいつの間にか隣に立っていた。
「最終研磨、私が引き受ける。子どもたちの仕事、私が証明してみせるわ」
「頼む」
金属音、槌の響き、革の軋み、道具の回転音。
すべてが“ひとつの工房”として機能している。
かつて追放され、孤児と出会い、やがて弟子となった子どもたち。
その全員が、今ここで、自分の“役割”を果たしていた。
――火の前で、嘘をつかない。
その掟のもとに、育ってきた結果だった。
「……完成です」
サーシャが最後の研磨を終えると、ディールが手に取った。
重さ、反動、刻印の負荷。
すべてを試すように振るい、最後に一言。
「見事です。とても、辺境の工房とは思えません。まるで――一つの精密な機構のようだ」
「褒め言葉と受け取っておく」
「王都大会、楽しみにしております。御健闘を」
男が去っても、火の音だけが静かに残っていた。
「……終わったのか?」
ライラがぽつりとつぶやき、グリトが肩を落とす。
フェンだけが、少しだけ笑っていた。
「次は本番だろ。終わってなんかいないよ」
ああ、そうだ。
ここは“始まり”であって、終わりじゃない。
「行くぞ、王都へ。俺たちの“刃”で、未来を鍛えにいく」
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