第12話「初仕事と、誓いの炎」

工房の炉は、いつになく静かだった。


霊炭は十分にある。温度も良好。刻印器具も整っている。

――ただ、弟子たちの手が止まっていた。


「……ほんとに、俺たちがやるの?」


フェンがそっと声を漏らした。

刃物フェチの彼が、手にした鉄塊を前に、珍しく手を出せずにいた。


ライラは防具の設計図を見つめながら眉間に皺を寄せ、グリトは使い慣れた工具を手にしながら、空回りするように部品を並べ直していた。


きっかけは、王都での鍛冶品評会だった。


そこで認められた俺たちハルド工房には、正式な注文が舞い込んできた――

**「旅の護衛隊十名分の標準装備」**という、ギルド工房としての最初の大型依頼だ。


「納期は五日。数は最低限十。品質はA級相当」


条件だけ見れば、悪くない。むしろ腕の見せ所だ。

ただ、弟子たちにとっては、これが初の“公式仕事”になる。


「やるか、俺が全部?」


俺が提案すると、三人同時に首を振った。

「やらせて」と、フェンが言った。

「……でも」と、ライラが言った。

「失敗したらどうするの?」と、グリトが口をつぐんだ。


俺は言った。


「火は、失敗を恐れて燃えるのをやめるか?」


三人は首を横に振った。


「じゃあ、まず一つだけ作れ。俺が見てる。その一つで、全部判断する」


言い終えると、炉に霊炭を一つくべた。

ぱち、と音を立てて赤が揺れる。


フェンが鋼を叩く。ライラが盾の骨組みを組み上げる。グリトが調整用の補助具を設計する。

ぎこちない動きは、やがて静かに滑らかになっていった。


そのとき。


「見に来たわよ、成り上がり工房さん」


軽快な声とともに、扉が開く。

黒髪をなびかせて現れたのは、研磨師のサーシャ・ベイルだった。


「お前……王都に戻ったんじゃなかったのか」


「しばらく滞在することにしたの。面白そうだから」


サーシャはそう言って、無言のまま作業を続けるフェンの手元をのぞき込む。

「悪くないわね、あなた。鍛冶師の筋はあるみたい」


フェンが耳を赤くしながら「ありがと……」と小さく呟いた。


「ライラ、研磨が終わったら私が見る。グリト、あんたの補助具、すぐ試作にかかるわよ」


そう言ってサーシャは勝手に工房に溶け込み、当たり前のように作業を進めていく。

――不思議な女だ。火の前で嘘をつかない。そこがいい。


夕方、一本目の剣が完成した。


フェンが握るその剣は、鋼の癖を読みきった見事な造りだった。

「軽いけど、芯がしっかりしてる」


ライラの盾も、彼女なりの工夫があった。

全体重量は抑えつつ、要所に〈衝撃分散〉の刻印を施してある。


グリトの補助器は、装着者の手の長さに合わせて自動調整される簡易リフト式。

護衛隊の長がそれを装着して「……これは、ありがたい」と口にした。


俺は言った。


「これが俺の弟子たちの仕事だ。十人分、同じように仕上げてみせる」


護衛隊の依頼主は、一瞬驚いた顔をしたが、すぐに笑った。


「……こりゃ驚いた。まさか子どもたちがここまでやるとはな。だが納品は厳守だぞ」


「当然だ」


俺は炎の加減を見ながら、ふと視線を向けた。


工房の入り口には、一人の黒外套が立っていた。


「……見てたか。灰狐商会の犬め」


俺の呟きに気づいたのか、男は静かに目を細め、薄く笑って去っていった。


サーシャがその背中を目で追いながら言う。


「……動くわよ。やつらは。あんたたちが“正式な工房”になったからには」


「上等だ。火は、強い風のほうがよく燃える」


フェン、ライラ、グリト――

三人の弟子は、その言葉を胸に、再び作業に戻っていった。


夜になっても、工房の炉の火は消えなかった。


それは、恐れや不安を焼き払うように。

そして、未来を照らすように、確かに燃えていた。

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