第4話「炉精の機嫌を取る方法」
朝霧のなか、俺たちは鉱脈の前に立っていた。
封鎖された鉱山――かつて霊炭が掘られた場所。
だが、いまは“炉精”の怒りに満ちているという。
「ここ……すっごい嫌な感じ」
フェンが鼻をしかめた。
「空気が重い」ライラが言い、盾を抱きしめる。
グリトは土をすくい、匂いを嗅いでいた。
「霊炭……浅層にまだ残ってる。でも、燃えてない」
サーシャが足元の岩肌を蹴った。
「たぶん、掘りすぎたのよ。鉱脈に無理させたから、精霊の気が荒れてる」
「……火の機嫌を取る。人のせいで拗ねたなら、礼を尽くす」
俺は腰の工具袋から、小さな香炉を取り出す。
内部に〈精気導管〉を刻んだ自作品だ。
「まずは、温度の階(きざはし)を作る」
霊炭の原鉱を少しずつ砕き、香炉の底に敷く。
次に、“偏温制御”で炉心と同じ三層の熱帯をつくる。
赤、橙、黄――
まるで火が静かに階段を登っていくように。
周囲の空気が震えた。
「来るぞ。構えるな。……火に誠実であれ」
地鳴りとともに、洞の奥から這い出てきたのは、
鉱石の殻に包まれた“爛れた炉の心臓”のような存在――炉精だった。
目はない。口もない。
だが、赤く脈打つ炉心がこちらを“睨んで”いる。
グリトがごくりと唾を飲んだ。
「……怒ってる。ずっと、掘られて、捨てられて、怒ってる」
「なら、謝るしかないだろ」
俺は香炉を地に置き、炉精の前にしゃがみ込む。
火を見つめ、言葉を紡ぐ。
「――火よ、力を貸してくれ。お前の熱を、俺たちの手に。俺たちは嘘をつかない」
沈黙。
やがて、炉精が、炉心のようにふるりと震えた。
足元の香炉の火が、ひときわ高く赤く燃え上がる。
それはまるで、怒りが「許容」に変わる瞬間だった。
「……やった?」フェンが声をひそめる。
「気を抜くな」サーシャが低く返す。
だが、炉精はそれ以上近づいてこなかった。
代わりに、地面に残った霊炭の原鉱が、ふっと発光する。
「……残っていた力を、くれたのか」
俺はすぐに皮袋を出し、精炭の欠片を丁寧に包む。
これだけあれば、しばらくは工房の火を満たせるだろう。
炉精は振り返り、岩の奥へと戻っていった。
「おじさん、火の言葉がわかるの?」
グリトが感嘆したように聞いてきた。
「わからん。ただ――火は嘘をつかない。それだけは信じてる」
ライラがこくんと頷いた。
「さっきの火、あったかかった」
「じゃあ、今度は――工房をあったかくしなきゃな」
帰りの馬車で、霊炭の匂いが揺れていた。
サーシャは珍しく笑っていた。
「悪くなかったわよ。あの火との対話」
「通じたのかどうかも怪しいがな」
「でも、燃えてた。あれは嘘じゃないでしょ?」
俺は思わず笑った。
……火は、俺の中の“寂しさ”まで炙ってくる。
それでも、今はそれも悪くない。
フェンがぼそりと言った。
「……あの火、俺らに似てたな。怒ってて、でも……まだ消えてなくて」
ライラが静かに続ける。
「わたしたちも、燃え残ってたんだね。だから……おじさんとこに来たのかも」
グリトが工具箱を抱えてうんうんとうなずく。
「なら、次は燃やそう。俺らの火で、世界をあったかくしてやろうぜ」
俺は槌を握りしめた。
「――そうだな。じゃあ、明日から本気出すぞ。仕事が山ほど舞い込むぞ」
子どもたちが、驚いて目を見開いた。
「え!? なんで!?」
「だって、何もしてないよ!?」
「まだ仮工房みたいなもんなのに……!」
「炉の火が、機嫌を直したからな」
俺は微笑む。
「それだけで、仕事は来る。あいつは、全部知ってるからな」
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