第56話 頭を冷やすには殴るが一番。

「……もうだめだ。寄りにもよって、アレがいるところに迷い込むなんて……!」


 モーダさんはすっかり意気消沈しているようで、頭を抱えてうずくまっている。話を聞く限り、この人はそれからずっとこの岩陰でじっとしているのだろう。


「モーダさんは、アレが何だか知ってるんですか?」

「…………【シャッコー・ゴーレム】」

「え!?」


 アレが……!! 初めて見た!


 僕は岩陰からコッソリと覗き込み、佇む白銀の巨人を観察する。


 大きさは3mくらい。赤い眼光を光らせる頭には3つの羽が付いていて、ウィンウィンと音を立てて回っている。


 そして何よりも目立つのが、本体の周りに浮いている、バカでかい手だ。


 僕を襲った拳。それを含めて3つ。どれもこれも、僕よりも大きい。2mくらいあるか。


 それぞれグー・チョキ・パーの形をした、巨大な手。当然、質量も半端ない。あんなものが当たったら、ひとたまりもないだろう。


「……嘘でしょ……!?」


 あまりにも絶望的過ぎる見た目に、僕は思わず口にする。

 何でこんな言葉が出たのか、過去に冒険者ギルドで聞いていた話とは、随分イメージが違いすぎる。


「……アレがBランクの中でも、なの……!?」


 ギルドでBランクの冒険者さんが話していた内容では、「【シャッコー・ゴーレム】なんて1人で倒せてようやく半人前だよな」くらいの話だった。ギルドで話を聞いていた当時の僕も、なんとなく「ああ、そんなもんなんだな」くらいに思っていたのだ。


 だが、実際に目のあたりにすると、Fランクの僕では何もかもが違いすぎる。

 まともに戦えるとか、そんな次元ではない。ちょっと小突かれただけで即死だ。


 むしろこんなのを1人でササッと倒せるくらいでないと、Bランクの半人前にもなれないって。何? Bランクの冒険者は修羅か何かですか?


「……とはいえ、どうしよう。アレを何とかしないと、出るに出られないですよね……」

「もう終わりだ。仮に洞窟を抜け出せても、魔物どもがうじゃうじゃいる。喰われて俺達は死ぬんだ」

「そんなことないですよ。僕がここに来た時、魔物はだいぶ散ってました。それに、僕一人で来たわけじゃないですし」


 今この【ダンジョン】には、アドレーヌさんがいる。

 彼女は性格はアレだけど、実力はBランクを通り越してAランク。【頭突きトカゲ】は勿論、【シャッコー・ゴーレム】だって、アドレーヌさんの敵ではない。


「だから助けが来るまでここで待ってれば、何とかなるはずですよ!」

「……助けって、あの女か? 俺に裸でほかの男と殴り合いさせた、あの?」

「そりゃそうですよ! 僕一人でこんなところに来られるわけないじゃないですか! ……あ」


 しまった、今のは失言だったか。


 モーダさんの顔が、みるみる青ざめていく。


「……来てるのか。まさか、俺を殺しに……!?」

「違いますよ!? モーダさんを、助けに……」

「嘘だ! 逃げた俺を始末しに来たんだろう! お前ら2人揃って!」


【クロガネローン】のルールの一つ、逃げたら借金2倍。利息も払えなくなって逃げだす債務者は数多く、捕まって倍の借金を抱える債務者も後を絶たない。


 ……その中には、本当にどうしようもなく、死ぬ者もいる。命で支払うしか金を払う手段が見いだせなかった、哀れな人たちだ。


「嫌だあ! あの女に殺されるのだけは、絶対に嫌だ! アイツ絶対、俺が苦しむ死に方させるじゃないか! もうダメだ、おしまいだあああああああ!!」


 アドレーヌさんの存在がトドメとなってしまったのか、モーダさんは頭を抱えて取り乱し始めた。


「うわあ! ダメですって!大きい声出すと、【シャッコー・ゴーレム】に気づかれる!」

「うわあああああああああああああああああ! うわあああああああああああああ!」


 ダメだ。完全に錯乱状態になっていて、話ができる状態じゃない。

 とはいえこのまま放っておくのもマズい。【シャッコー・ゴーレム】が気づいたら、岩陰に隠れている僕たちは岩ごと粉砕されてしまう。当然、僕だって死にたくない。


 ――――――どうする……。


 この状況で考えうる、最善の選択肢。


 それは、錯乱したモーダさんを置いて脱出し、アドレーヌさんと合流してから、再度洞窟に戻って来ること。


 これなら、少なくとも僕は安全だ。魔物がいないルートもある程度分かっているし、アドレーヌさんがいれば【シャッコー・ゴーレム】だって怖くない。


 ……だけど。


(こんな状態のモーダさんを置いて行けば、遅からず死んでしまう……)


 泣きわめくところを魔物に気づかれ、無惨に殺されてしまうだろう。


 だが、【クロガネローン】だけの視点で言えば、そんなことは想定内。何ならアドレーヌさんですら、モーダさんは死んでいる前提で捜索している。僕が今一人逃げても、何も罪に問われることはないだろう。自分の安全のためには、それが一番安牌な選択だ。


 だが。


 ……本当に、それでいいのか?


「ううううう、ううううううううっ!!」


 みっともなく嗚咽を漏らすモーダさんを見捨てて、僕は胸を張って生きていけるのか?

 ――――――そもそも今のこの状況、僕にできることは、他にないのか?


 自分の命もギリギリの瀬戸際で、今まで関わってきた人たちのことが脳裏によぎる。


 サンゾーさんやハクアさん。アドレーヌさんやマンダさんに拷問される冒険者さんたち。


そして――――――売られた、双子の貴族の女の子。


 あの時は助ける選択肢を、思いつくこともできなかった。

 あの子みたいに、自分が何もできずに助けられないのは、もう沢山だ。どうせ諦めるなら、自分が尽くせる手を尽くしてからでありたい。心の底からそう思う。


 ……アドレーヌさんに殴られた左の頬が、まだズキズキと痛んでいる。それと同時に、あの人の言葉も。


 ――――――まずは落ち着け。


 僕はぐっと歯を噛みしめると、喚いているモーダさんをキッと見つめた。


 そして。


「……モーダさん」

「な、何だよぉ!? お前……」

「歯を、食いしばって!」


 涙と鼻水でぐずぐずになっているモーダさんの顔面に、僕は拳を叩きこんだ。


「……ぐえっ」


 Fランクの僕のパンチは、悲しいけれどとっても非力。アドレーヌさんみたいにぶっ飛ぶどころか、モーダさんの顔面に当たって、ピタリと止まってしまう。


「……な、何するんだ……!?」


 おまけに、殴られても大したダメージはなく、普通に喋られる始末。

 ……だが、いいんだ。ダメージ云々はこの際関係ない。


「……とにかく、騒ぐのをやめてください。死にたいんですか?」

「え、いやそれは……」

「どうなんですか!」


 柄にもなく声を張り上げる。自分より年上の人にこんな言い方するのって、正直可なりしんどいのだが、この際、もうとことんまでやらないとダメだ。


「……【ダンジョン】まで入って、貴方は生きたいのか死にたいのか、どっちなんだ!」


【シャッコー・ゴーレム】に気づかれるか気づかれないか、ギリギリの大声で、僕は叫ぶ。


「……い……」


 拳を頬にめり込ませたまま、モーダさんは口をもぞもぞと動かした。


「…………生きたいです……」


 その言葉を聞いて、僕はようやく、拳をモーダさんの顔からそっと放した。


「だったらどうすればいいか、落ち着いて考えましょ。少なくとも僕は、貴方に死んでもらおうなんて、思ってないですから」


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