第52話 恐怖の【頭突きトカゲ】

「グエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエッ!!」

「ぎゃあああああああああああっ!!」


 遠くで、魔物の雄たけびと冒険者の断末魔が聞こえる。よくよく耳を澄ませてみると、自然に聞こえる音以外は、こんな声ばかりだ。やっぱり、【ダンジョン】ってのは恐ろしい。


「……あの、助けに行ったりとかは……」

「時間の無駄だ」


尋ねてはみるものの、アドレーヌさんからは予想通りの答えが返って来た。

【ダンジョン】の中とかそんなことは関係なく、冒険者とは常に自己責任の仕事。己の命でさえも。


「……今の叫び声、【頭突きトカゲ】だな」

「【頭突きトカゲ】……」


 名前こそちょっと可愛いが、その強さは全然可愛いとは言えない魔物だ。名前の通り突進しての頭突きが武器なのだが、その威力はすさまじい。

 一般的なCランク相当の装備ではまるで役に立たず、紙くず同然に潰される。同じく、Cランク相当の武器では当然、歯も立たない。


 だが、攻撃をまともに食らえば即死という点を除けば、比較的相手をしやすい魔物でもある。異様な硬度を誇る頭以外は、それほどCランクの魔物と変わらないからだ。


 そのためBランクの中では、一番戦いやすい魔物とも言われていた。……まあ、コイツが一匹でも地上に現れたら、大騒ぎになるのだが。


 過去に、の【頭突きトカゲ】が地上に現れて討伐されるまで、20もの村落が襲われ、多くの人が食い殺されたらしい。もはやドラゴン並みの被害だったと、ギルドの記録で読んだことがある。


 そしてこの【ダンジョン】では、まるで物語の怪物の様な【頭突きトカゲ】が、で生息しているのである。


「……モーダさん、大丈夫ですかね。【頭突きトカゲ】なんかに襲われたら……」

「知らねーよ。死んでたら死んでたで、死体を回収して帰る。そしたら後は社長が何とかするだろ」


 エルメスさんを中継とした社長との通信も、【ダンジョン】の中では使えない。なので僕らが帰って来ない限り、クロガネ社長もモーダさんの生死はわからない。


 それでは、今後どうするかの判断もつけられない。だから、死んでたら死んでたでその証拠を見つけなければならないのだ。この、広大な【ダンジョン】の中で。


「ま、第一階層をあのデブが抜けられるなんて思わねーし。生きてても死んでても、この平原のどっかにいるとは思う」

「どっかって言っても……見渡す限り平原ですよ?」

「――――――ちっ。仕方ねえなぁ」


 アドレーヌさんは舌打ちすると、僕の方をギロリと睨んだ。


「おい」

「な、何でしょう?」

「今から。着いてくるんじゃねえぞ」

「え!?」


 花を摘むって……いや、意味は分かるけど!


「……今!? 【ダンジョン】でですか!?」

「しょうがねえだろうが、生理現象なんだから! いいか、着いて来たら殺すからな!」


 そう言って、アドレーヌさんは少し離れた茂みの中へと行ってしまった。……僕1人を残して。


 何考えてんのあの人!? こんな状況で!


 花を摘む、というのは言うまでもなく隠語。その意味は、用を足してくるということ。


 そりゃあ、僕は男で、アドレーヌさんは女。すぐ側で用を足すというのは、女性として抵抗があることくらいは理解できる。理解できるけど!!


 女性の方がはるかに強くて、か弱い男を超危険な原っぱのど真ん中に放置というのは、流石にどうなのさ!?


 そんなに時間がかかるわけでもない。それなのに、一人になった途端、僕は急時間の流れが遅くなったかのような感覚に陥ってしまった。

 何しろこの平原、身を隠せる場所がない。そのせいか、アドレーヌさんは僕の視界から完全に見えなくなる遠いところまでお花摘みに行ってしまった。


 こんな状況で、魔物に見つかったりしたら、僕は一巻の終わりだ。武器なんて精々常備しているナイフ1本くらいしかない。アドレーヌさんに引っ張られて、ロクに準備する暇もなかった。

 当然、僕の膂力とナイフの切れ味を加味しても、【頭突きトカゲ】の皮膚に突き立てることすら出来やしない。


 ……そして。


 嫌な予感というのは、得てして当たるもの。


「……グルルルルル……!!」

「!!」


 背後から唸る声が聞こえてきたので、恐る恐る振り返る。


 そこには、涎を垂らしながら喉を鳴らす【頭突きトカゲ】が、僕の事をじっと見つめながら迫っていた。


 体躯はトカゲというにはあまりにも巨大。僕の2倍はある体長は、もはやドラゴンだ。しかも恐らく、先ほど聞こえた叫び声と断末魔の個体なんだろう。黒光りする頭には血がべっとり着いていて、口からは食べたであろう冒険者の足がはみ出している。


「ひ、ひっ……!!」


 僕は後ずさろうとして、無様にも躓いて尻もちをついて転ぶ。残念ながら【頭突きトカゲ】は目線を一切外すことはない。完全にえさとしてロックオンされている。


「く、来るな、来るなあっ!!」


 咄嗟に用意していたナイフを突きつけるも、【頭突きトカゲ】はひるむ様子も見せない。そりゃそうだ、もっとゴツイ武器をいくつも見てきているのだろうから。


「――――――グルルルルルルルルルァァ――――――!!」

「ひいいいいいいいいいいいっ!!」


 けたたましい雄たけびに、僕の精いっぱいの威勢はあっさりと敗北した。ナイフは落とすわ、おしっこは漏らすわ。おまけに足が、震え上がって上手く動かせない。


 そして、僕を食べようとした【頭突きトカゲ】が、大きな頭に力を込める。こうすることで石頭がさらに硬くなり、餌となる人間を叩いて挽き肉ミンチ状にすることで、食べやすくするのだ。


 つまり、僕はこれからぐちゃぐちゃにされて殺される。


「うう、ううわああああああああああああああああああああああああっ!!」


【頭突きトカゲ】が頭を振りかぶったところで、僕は観念して目を瞑る。いっそ死ぬなら、一撃で頭から潰してほしい。その方が楽に死ねるから――――――。


「グルルルルァ――――――ッ!!」


 一撃前の気合の咆哮か。そう思って目を瞑ったままだったのだが――――――。一撃は、いつまで経っても来ない。


「……おい、おい!」

「へ?」


 すっかり聞きなれた、ガラの悪い声に恐る恐る目を開けると。


【頭突きトカゲ】と僕の間に、アドレーヌさんが不機嫌そうに立っていた。


「……アドレーヌ、さん?」

「テメエ、何目ェ瞑ってんだ。【ダンジョン】で目瞑るとか馬鹿じゃねえの」


 そう言うアドレーヌさんは血に塗れ、その後ろには頭から血を流して絶命している【頭突きトカゲ】が倒れていた。


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