第21話 美雹の誘惑
「利息、アリガトウゴザイマス。ソレデハ」
「ねえ、ルイくぅん? 次の支払いなんだけどぉ、ちょっと待ってくれない? 買いたいバッグがあってぇ、それ買うと利息払うのしんどくなっちゃうのぉ。待ってくれたらぁ、特別なお礼、しちゃおっかなって思うんだけどぉ?」
「申し訳ゴザイマセン、ソノご相談ハ受けカネマス」
「……ねえ、そのゴーレムみたいな話し方何?」
【ヤディアラ】の娼婦のお姉さんの、ぶりっ子攻撃を耐えるために僕が考えた秘策。それは、心を無にすること。
たとえ彼女たちがセクシーなポーズで、ボディタッチで、甘い言葉で誘惑をしてきたとしても。それを一切受容しなければ、誘惑されることはない。
(僕はお金回収ゴーレム! 僕はお金回収ゴーレム! 鉄の身体には、何も感じない!!)
「お金回収ゴーレムデス。失礼シマス! マタ10日後!」
「ああ、ちょっとぉ!?」
そして、お金を回収したら即撤収! 普段はちょっと世間話とかするんだけど、そんなことしてたら引き込まれてしまう!
そんな風に娼館を出た僕は、通りにあるベンチに腰掛け、息も絶え絶え。
(誘惑を振り切るって、難しい……!)
1回店に入り、集金し、店を出たらまたベンチで一休みして。
(……なあ、あの子さっきから、色んな娼館を出たり入ったりしてるけど……)
(まさかとは思うけど……短時間で、店を回ってるのか!?)
国外からの観光できた人なんだろう、ひそひそ話が聞こえてくる。店を出るたびにぜーぜ―言っているせいで、そういうことをして出てきたように思われてるんだろうか。
だけど、そんなのを気にしている暇はない。何せ、時間が押している。1回1回休むから、時間がかかって仕方ない。今日集金の人は、何としてでも今日のうちに集金しないとダメだ。そうしないと、債務者の緊張が解ける。
「……次は、ハクアさんの娼館か……」
【外周郭】の娼館を回り、僕はハクアさんのいる店の中へと入る。
「あらルイくん、いらっしゃい」
「ハクアさんの集金に来ました。ハクアさん、空いてますか?」
「ええ、ずっとお茶引いてるからね」
ってことは、集金が難しいかもしれない。僕はごくりと息を呑んだ。集金ゴーレムモードを起動して、ゆっくりと階段を上がる。
「……ハクアサン、ルイデス」
「……どうぞ」
「失礼シマス」
返事を受けて、ドアを開けた途端。
「……ッ!?」
普段はベッドの上に腰掛けている彼女の姿が、目の前にあった。
そして、ふわりと。まるで包み込まれるかのように、手を握られる。
「……え、ちょっと……! わぁっ!」
華奢な手で引っ張られているはずなのに、まるで逆らえない。僕はハクアさんに部屋に引き入れられ、そしてベッドに引き倒されてしまった。
茫然とベッドに仰向けになる僕の上に、彼女が覆いかぶさる。ハクアさん、身長が高いから、下から見上げると迫力が凄い。
「……ねえ、ルイくん?」
――――――これは、マズい奴だ。
「ダ、ダメデス!! 利息ハ、チャント払ってモラワナイト……!」
目を閉じて、視界をシャットアウトする。だがすぐに、びっくりするくらいいい香りが鼻から入って来た。ハクアさんの、髪の匂いだ。
「……ね? いいでしょう? ね?」
「だ、ダめ……だめ……!!」
密着しているのか、耳元で囁かれる。目を閉じているせいか、ほかの感覚が敏感で、鼻、耳、肌が研ぎ澄まされるようだ。
何だったら、密着しているハクアさんの胸の、心臓の鼓動すら蠱惑的に感じる。
「今回だけ。今回だけだから……ね?」
「う、うう……!」
流石は元【中央郭】の娼婦。病に侵されていても、僕程度の少年を垂らし込むくらい簡単にできるだろう。事実、僕も集金ゴーレムモードが、維持できなくなっている。この状況で彼女の顔を間近で見たら、きっともう我慢なんて出来ない。
「ルイくん。お願いよ。お願い――――――」
額に唇の柔らかい感触が触れ、それが顔のあちこちに点々と触れていく。あ、柔らかい。気持ちいい。ああ……。
焦らしのテクニックなのか、額、瞼、頬と、段々キスが下に落ちていく。残る場所は、唇。そこをこじ開けられたら、もう逃げられない。
(う、うう……助け、助けて、誰か……!!)
瞼の中で涙目になりつつ、かと言って抵抗する力も入らず。
いよいよ唇と唇が触れ、固く閉ざした僕の唇にハクアさんの舌が捻じ込まれそうになったところで――――――。
「――――――うわあああああああああああっ!!」
「きゃっ……!」
僕の脳裏にある人の顔が浮かび、咄嗟にうつぶせになった。ベッドのシーツに顔を埋めて、フーフーと息を吐く。
「……だ、ダメ。ダメでふ……。僕、お客じゃ、ないれふから……!」
まともに顔も見れない状態で、頭が茹だった僕は、呂律すらちょっと回らない。
「……ルイくん……っ! ごほっ!」
「! ハクアさんっ!?」
咳の音にすぐに僕がぱっと顔を上げると――――――。咳き込んだふりをしたハクアさんが、いたずらっぽく笑っていた。
「……ふふ、嘘よ。貴方、誘惑はあんなに必死に耐えるくせに。こういうのは簡単に引っかかるのね。……ごほっ! ごほっ!!」
「いや嘘じゃないじゃないですか! 横になってください!」
慌てて彼女をベッドに寝かせ、僕は棚から薬を取り出す。水と一緒に飲ませて横になってもらうも――――――咳は、なおも収まらない。
「ごほっ! ごほっ! ……ごほっ!!」
手元を押さえたハクアさんが、大きく咳き込んだ。その手の平は……真っ赤になっていた。僕の顔は、真逆に真っ青になる。
「……っ!! は、ハクアさんっ!! ハクアさんっ!!」
どうしたらいいかわからず、とにかく咳き込む彼女の背中をさするくらいしか、僕にできることはなかった。僕には魔法の才能もなくて、回復魔法の一つも使えないのだ。せめて苦しさだけでも和らげられる魔法が、使えたら――――――。
「どきな、ルイくん!」
僕たちの騒ぎを聞きつけたのか、娼館の女将さんが部屋に飛び込んできた。ハクアさんの額に手を当てると、女将さんの手から、柔らかい緑色の光がこぼれだす。
「……【
「え、女将さん……!!」
「私も昔は、魔法を齧ってたんだよ」
女将さんの【
「……ルイくん、ちょっとハクアを診ててちょうだい。アタシは医者を呼んでくる」
「あ、はい……」
「それから、後でちょっと私のところに寄っておくれ」
そう言って女将さんが出ていき、ほどなくして医者がやって来た。【ヤディアラ】には専属の医者がいて、当然女の人。女将さん同様、年季の入った人だった。
彼女はハクアさんの背中と胸を触り、喉を触り。そして呆れたように、ため息をついた。
「――――――ダメだね。もう、薬でどうにかなるもんじゃねえ」
「え……!?」
「すぐに死ぬとか、そういうんじゃないよ? ただ、長生きはできんだろうね。……ここにいたら」
「ここ?」
「もっと澄んだ空気を吸って生活する。それしか、治す術はねえな。この【ヤディアラ】の空気は、澱んでる。特に【外周郭】はね」
そういえば、マーティスくんも似たようなことを言っていた。空気が悪いって。あれって、こういうことだったのか。
「……確かに、【外周郭】の女なんて大抵、病抱えて稼げなくなった女が来るところだからね。そうなってもおかしくないか……」
「……でも、私……困るわ。お客、取らないと……」
「アンタにいつも渡してる薬はもう効かなくなってきてる。耐性が付いてきちまってるんだ。そうなったら、根本的な環境から変えないと。でないと――――――」
医者は親指を下に突き立てて、はっきりと告げた。
「死ぬよ。恐らく、1年以内にね」
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