第13話 最初の一歩を踏み出す勇気を与えられる人に

 事務所から下宿に戻ったところで、朝に会った債務者とかち合った。


 向こうもこちらに気づいたようで、部屋を出たところを、ピタリと動きが止まる。


「あ……!」


 男の顔は、ひどく腫れあがっていた。腹を刺した報復として、マンダさんにしこたま痛めつけられたのだ。目元なんて特にひどく、左目はほぼ見えてないだろう。それくらい苛烈に、殴る蹴るの暴行を受けるのを、僕は間近で見ていた。


「あ、あの……」


「…………」


 男はこちらをじっと見ていたが、何も言うことはなかった。正直、殴りかかられるくらいは想定していたのに。そのまま、ぷいとそっぽを向くように、下宿から出て行ってしまう。バイトでも行くのだろうか。


 ちょっと心にしこりを残したまま、僕は自分の部屋に入り、ベッドに寝転んだ。


 ――――――死んでもいいんですよ。


 クロガネ社長の言葉が、耳に残り、フラッシュバックする。


 一体どれだけの債務者を相手にして来たのか。経験から裏打ちされた言葉に、僕は何も否定する材料なんて持ち合わせていない。先日金貸し屋になったばかりのペーペーなんだから。


 だけど。


(……。とても……)


 サンゾーさんも。下宿の人も。きっと、そんな扱いを受けるべき人ではなかったはずなのに。


 冒険者として怪我無く過ごせていたら、大成できていたかもしれない。功績を上げ、名を残せるような大冒険者になっていたかもしれない。その可能性は、いくらでもある。


 それは、今だってそうだ。今がどんなにつらく、惨めな状況でも、諦めず、這い上がることが出来れば。


 その、勇気をちょっとでもいいから与えることが出来たなら。


 何で、そう思うんだろう。


 僕も、冒険者をドロップアウトしかけの身だからだろうか。仲間から無能と切り捨てられ、冒険者としての夢を諦めようとしているからだろうか。


 ……そもそも冒険者になりたかったのって、何でだったっけ。


 なんてことはない。村で聞いた、吟遊詩人の歌に憧れた。英雄譚に出て来るような英雄たちの、手に汗握る大冒険を、自分もやってみたかった。


 何者かになりたかった。


 田舎の村の三男坊で何の取柄もない自分じゃなくて、誰かに勇気を分け与えられるような。それこそ自分に冒険者になる勇気を与えてくれた、冒険譚の英雄のように。


(……そうだ、そうだよ。誰かに勇気を与えられる。そんな人になりたかったんだ)


 勇気を与えるということ。それは、最初の一歩を踏み出させることだ。踏みだすための勇気を、力を、分け与えることが出来る人。


 そんな力を与えられるような人が――――――僕がなりたかった、英雄の本質だ。


(勇気を、力を与える。誰か落ち込んでいる人を、少しでも前向きにできるように)


 その考え方ではダメなんだろうか。債務者は皆クズとみなして、死ぬまで搾り取るという考えでなくては、金貸しはできないのだろうか。


 ――――――確かめてみたい。いや、確かめよう。


 どうしてもダメなようなら、僕は金貸しには向いていない。入社祝い金を返して、【クロガネローン】を去ろう。


 自分以外に誰もいない部屋。高く手を掲げ、決意を新たにする。


 そしてそのまま、眠りに就いた。


******


「サンゾーさん。お金、貯めませんか?」


「え?」


 10日後に再び馬小屋で利息をもらった時、僕はサンゾーさんに唐突にそう告げた。


「……いや、俺は、この生活をやめるつもりはなくて……」


「そうじゃなくて。……一緒に、旅行に行きませんか?」


「旅行?」


 首を傾げるサンゾーさんに、僕は精一杯、笑顔を見せる。


「……僕はサンゾーさんに、この馬小屋生活を脱してほしいと思ってます。ここは、人が暮らすところじゃない……でも、サンゾーさんの辛い気持ちも、蔑ろにはできない……」


「……それで、何で旅行なんだ?」


「サンゾーさん、言ってたじゃないですか。死ぬなら冒険者らしく、冒険して死にたいって。……別に死ぬとかじゃないけど、街の外に出るくらいなら、できるんじゃないかって。ほら、これ見てください」


 そう言って僕は、【グランディア】周辺の地図を取り出した。他地方から来た人への、観光案内用のマップ。そこの1か所に、赤丸を付けている。


「ここ、温泉地なんですよ。そう遠くないところにありますし。ね? 良かったら行ってみませんか? きっと気持ちいいですよ?」


「……何で、俺なんかと。他の人と行きなよ」


「サンゾーさんじゃないと、ダメなんです」


 僕はぐっと、サンゾーさんを見つめた。またちょっと無精ひげの生え始めてきた彼の顔が、戸惑いに揺れている。それでも、構うもんか。


「街の外で、自然の景色に触れたら、また頑張ろうって思えるかもしれないじゃないですか。このためにお金も貯めれたら、自分だってやればできるって自信にもつながるし。そうしたら、この馬小屋を出て、新しい生活を始めるのも、興味出るかもしれません」 


「……そのために、この10日間、お金を貯めるのか?」


「はい。勿論、僕もお金貯めます。節約します。それで、2人でお金出し合って行きましょうよ」


「……どれくらい貯めたらいい?」


 お、食いついた。よーし……!


「そうだなぁ、お互い、余裕持って金4~6くらいですかね?」


「金4から、6……」 


「……どうですか?」


「ダメだよ。そんなの」


 僕の提案を、サンゾーさんはあっさり拒否してしまった。


「え、何でですか?」


「そしたら利息が払えないかもだろ。最低、金6だ」


「……え」


「お互い、金6貯める。この10日で。どうだ?」


「僕はいいですけど……サンゾーさんは、いいんですか? 結構、厳しいんじゃ……」


「何、時間はあり余ってる。何とかするさ」


「……はい。じゃあ、また10日後!」


 サンゾーさんと頷き合い、僕は一礼をして馬小屋から去っていく。


(よーし、頑張るぞ!!)


 この奇妙な友情のために、僕はこの日から猛烈な節約をすることになったのだった。


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