第7話 本番(1)
テントの外は、夜になり始めていた。
入口のゲートに、お客さんたちがぞろぞろとやってくる。
客席もにぎわい始める中、わたしは舞台裏でガタガタ震えていた。
「お客さんはカボチャ……。みんな、ダイコン……」
「なぁに、それ? おまじない?」
キツネの仮面を付けたお姉さんが、くすくすと笑った。
「カボチャにダイコンかぁ。ジャガイモも欲しいな」
クマの仮面のお兄さんも、ははっと笑っている。
団員さんたちは、みんな優しい。
緊張で訳が分からなくなっているわたしの傍で、色々と話してくれるんだ。
「ラピスさんに会って、最高に楽しい活動ができてるんだ!」
「私の空中ブランコ、絶対見てね!」
その中で分かったことは、この『夢サーカス』の衣装はラピスさんが作っているらしい。
なんと、『夢サーカス』のイメージカラーは黒色なんだそう。
ラピスさんは白色ってイメージだから、てっきりサーカスも同じ白だと思ってた。
黒の中に白って目立つよね。
そういう意図もあるのかな。
「いいね、アリスちゃん! 『不思議の国のアリス』って感じがするよ!」
「わ、ミオさん!」
ラピスさんが作ってくれた、わたしの衣装。
ミオさんが言ったように、『不思議の国のアリス』がモチーフになっていた。
違うのは、『アリス』のワンピースが水色じゃなくて黒色だということ。服の裾や袖の縁に、水色と金色の刺繍がある。
そのワンピースの上には、『アリス』って言ったら定番の白いエプロン。
髪は下ろし、黒いリボンでカチューシャに。白いソックスに、黒いパンプス。どこから見ても、『アリス』なんだ。
金色の仮面が映えるような、そんな衣装になっていた。
「似合ってるよ、アリス」
真っ赤なカーテンを開けて、ラピスさんがやって来た。
みんなの衣装を見て満足げに微笑んだあと、わたしのところにやってくる。
そして、上から下へじっくりと見た。
そ、そんなに見られると恥ずかしいよ……。
「いいじゃん。その衣装、アリスの定番にしよう」
「賛成!」
「かわいいものね」
ミオさんや他のお姉さんたちが、声を上げる。
うっ、恥ずかしい。
「それに、彼らにも何か伝わるかもね」
「彼ら?」
彼らって、だれ?
わたしが首を傾げると、ラピスさんは金の杖で手招きした。
「こっちにおいで」
くるりと背を向け、どこかへ歩いていくラピスさん。
ちょっと待って!
わたしは、慌ててラピスさんの背中を追う。
たどり着いたのは、舞台の袖。
真っ赤なカーテンを少しだけめくると、向こうは客席。
今日もサーカスは満員御礼!
そのため、人がかなりいた。
「ほら。あの子、見える? ライオンの被り物をしている子」
ラピスさんは、目でとあるお客さんを指す。
わたしは、ラピスさんの足元らへんのカーテンから、目だけそっと出してみた。
覗き込んだ客席には、ラピスさんの言う通り、ライオンの被り物のお客さんがいた。
隣には、トラの被り物をした人。
服装からして、ライオンは男の人、トラは女の人っぽい。
「ここでは本名を言わないようにしてるから、本当はいけないことなんだけどね」
ラピスさんは、口元に人差し指を当てて言った。
「ライオンは『圭斗』、トラは『美紅』っていう人だよ」
ドクンッ。
心臓が、痛いくらい飛び上がった。
圭斗と美紅。
委員長と実行委員の二人だ。
な、なんであの二人がここに……!?
「お客さんにとって、ここは『夢の世界』。本来は、望んだ人が夢の中で来る場所なんだけどね。今回は、僕が彼らを招待したんだよ」
そんな。
なんで招待なんかしたの?
わたし、あの二人と会いたくなかった!
カーテンから離れて、うずくまる。ぺたんと座り込んで、自分の膝をぎゅっと抱えた。
もう、いやだ。知りたくなかった。
なぜかは分からないけど、悔しくて涙が出てきそうだった。
でも、せっかくお姉さんたちがメイクもしてくれたんだ。だから、それを崩さないために必死で涙をこらえる。
すると、そんなわたしの前にラピスさんがしゃがみ込んだ。
ふわっと優しい香りがただよう。
ラピスさんは、あの柔らかな声を発した。
「チャンスだよ、アリス」
「……チャンス?」
「ここで、吹っ切れてごらん。やりたいことを全部やってみるんだ。そうしたら、『向こう』でもできることが増えるよ」
「でも」
それでも、やっぱり主役はやりたくない。
やりたくないし、逃げ出したい。
けれど、その選択肢はもうないんだ。
他の係の子たちががんばってくれていることを考えると、わたしの逃げ道はない。
だから、やるしかない。
悔しいけど。
「アリスの出番を最後にしてあげる。最後の出番の人はね、閉幕の言葉も言うんだ。そこで、アリスの想いを伝えてごらん」
「わたしの、想い……」
「大丈夫。仮面を付けているから、『有栖』だってバレないよ。『アリス』の衣装で、何かを思うことはあるかもしれないけど」
それでも、とラピスさんは続けた。
顔を上げれば、ラピスラズリのような瞳が、わたしをじっと見つめていた。
まっすぐで、透明な瞳。
この目は、信じられる。
そんなことを思ったんだ。
「言いたいことを言ってごらん。この『夢サーカス』は、お客さんの中で一番想いが強い人たちを団員として招いているからね。アリスは、その想いを伝えることができるよ」
そう言って、ラピスさんはわたしに手を差し出した。
「お客さんとして来た『有栖』を、僕は誘いたいって思ったんだよ。チェリーもいるし、大丈夫。がんばろう」
その声は、本当に優しくて涙が出そうだった。
胸の中にあるモヤモヤを、全部どこかに捨てたい。
投げ捨てて、すっきりしたい。
そのためには、あの二人にわたしを見せることが大事なんだ。
わたしだって、一人の人間なんだよって。
自分の気持ちを言わせてって。
「失敗してもいい?」
「もちろん。人生で成功するなんて、滅多にないことなんだ。逆に、成功したときに恐れた方が良いと思うんだよね」
ラピスさんは、くすっと笑った。
「行こう。お客さんは、みんなニンジンだよ」
そう言ったウサギの仮面は、キラキラと輝いていた。
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