1-08:会話の証明
セレーナさんから貰った用紙にはシオンが今まで寄付した素材と、それの依頼達成の金額が書かれていた。
恐らく、寄付として処理するとは言っていたが、シオンからの寄付があるたびに依頼として処理する準備を進めていたのだろう。
人間を恨んで当然な相手に借りを作りたくないギルド側の意向はよく分かる。
シオンは気付いていないのだろう、助けるにも関係性が必要なことに。
そんな風に考える自分を自嘲した。
俺はシオンの境遇をラジオで変えたいと思っている。
偽善でも露天商での出来事は当たり前だと許容できるほど順応も出来ていないからだ。
だが、そんな助けようとしている相手を理解できているかといえば、俺は全然出来ていない。
シオンが何を思って、何を考えるのか。
知らずに助けたいと思ってた。
「シオン!」
先に冒険者ギルドを出ていた、シオンに追いつく。
セレーナさんから渡された用紙はとりあえず仕舞っておく。
シオンはキョトンとした顔でこちらを見上げていた。
「何か食べに行かないか? 奢るよ」
『……』
まずは、冒険者ギルドのソルライト鉱石不足問題を解決した功労者を誰も労わないのなら、俺が労ろう。
――――――
――――
――
―
「ほら」
『感謝』
適当な露天商から買ってきた串焼きの片方をシオンに渡す。
店にはシオンが入れてもらえないかも知れないから、食べ歩きで手を打った。
武骨で厚切りな肉を串で焼いて、香味のスパイスが振りかけられたものだ。
決め手はスパイスの香ばしい香りだった。
「なんつったっけ? バーベリオン串とか言ってたかな? バーベリオンってなんだ?」
『バーベリオン、黒い、大きい、動物』
黒くて大きい動物、一応脳内では牛を想像したが大丈夫だろうか。
異世界の生態系は分からないから、見た目が分からないのはもしかしたら救いか?
『お金』
なおも、申し訳なさそうにするシオンにため息をつく。
冒険者ギルドとシオンの関係性と一緒だ。
「いいか? 俺の居た世界では初給金はお世話になった人に恩返しするときに使うって考えがある。だから、ほら」
『……』
丸いシオンの瞳が俺を見つめているので笑いかけてやる。
それを合図にシオンは手に持ったバーベリオン串を見つめて喰らい付いた。
小さな口を大きく開けて、頬張っている。
「焦って食うと喉を詰まらせるぞ」
シオンはこちらを向いて、目を輝かせる。
セリム動言語で感情を表現しようとしたのか、自分の両手を見るが、串の根元と先端を掴むのに両手とも忙しそうだ。
「美味いんだろ。食べ終わるまで気にしなくていいから」
それだけ目を輝かせれば動作にしなくても分かる。
目はセリム動言語ほどに物を言っている。
諦めて、再び串に向き直るシオンを尻目に俺もバーベリオン串を頬張ってみる。
「ふーん、豚肉が近いか……?」
肉厚で味は豚肉に近い。
ただ、噛めば噛むほどに肉汁が溢れるのは牛肉のうまみに似ている。
スパイスがかかっているにしては薄味だが、想像よりもおいしい。
しばらく無心でバーベリオン串を食べていた俺たちだったが、ちらりと横を見ると、食べ終わったのか肉の無くなった串を持ってシオンが俺を見ていた。
俺の串はもう少しだけ残っている。
「食うか?」
物足りないのかシオンに串を差し出してみると、フルフルと首を振った。
そうかといって、残りの肉も腹に収める。
「物足りないのじゃなければ……不思議か?」
シオンの目には何故俺が奢ってくれたのかが理解していないのだろう。
いや、理由はさっき語った通りだ。
で、あれば俺の言った「お世話になった人」の部分か。
案の定、シオンは首を縦に振って肯定する。
本当にこの子は何故自分が恩返しされるのか分かってないらしい。
「行き倒れてた俺を助けてくれたのはシオンだろ? まぁ、ロロさんもそうだけど、きっかけはシオンだ」
『魔人族』
「魔人族相手に恩義を感じるのは変ってか? 生憎だけど俺はそこまでこの世界にまだ染まってない」
魔人族ではなくシオンが助けてくれたのだから。
とはいえ、実感は出来ただろう。
少し腰をかがめて、シオンと目線を合わせると諭すような声色で伝える。
「シオンが今感じたように冒険者ギルドもシオンが助けてくれた理由が分からないんだ。
だから、シオンはむしろ報酬を貰ったほうが相手も安心するんだぞ?」
シオンに冒険者ギルドの報酬額が記載された用紙を渡す。
シオンが見た目通りの年齢ならまだ小学生くらいの年齢だ。
相手がどう思ってたかなど教えてもらわないと分からない。
何よりシオンを遠ざけるだけで誰も教えようとしないのだ。
『……』
冒険者ギルドの報酬額を見つめながらシオンの瞳が揺らいでいる。
その中に見えるのは迷いと戸惑いだ。
「どうして、シオンは辛い境遇を選んでいるんだ?」
シオンの目が用紙から俺へと移った。
出会ってから頭の中で思っていたことを口にする。
シオンが自分の境遇から逃げる方法はいくつかあるはずだ。
例えば、魔人族を現す特徴的な紫の髪、これはこの世界では染められないのか。
何より、長い髪だとフードからはみ出てしまう。
もう少し、短くしてまとめれば、髪色でバレることもないだろう。
シオンは俺を助けたときロロさんを頼った。
ロロさんは大英雄の使い魔という肩書だ。
現に、底知れないところを彼女からは感じる。
だが、シオンが結局助けを求めたのは俺の事だけだ。
ロロさんに積極的に頼らないようにしている。
何ならシオンは危険な魔獣の森で採取が出来る。
それがどういう意味なのかは分からないが、他の人と比べて外での危険は少ないはずだ。
なら、街で暮らすのだって必ずしないといけないことではない。
もちろん俺が知らないだけで、何か障害となり得るものがあるのかもしれないが、シオンは環境に抗わないようにしている。
加えて、得るべき報酬を受け取らないようにしている節もある。
『母親、死んだ、父親、死んだ』
シオンはぽつりぽつりと動作をする。
『私、原因、死んだ』
シオンが持っていたのは他者への100%の善意じゃない。
自分への100%の悪意だ。
『クシェーナ、アルト、カイル、村人、みんな、死んだ』
シオンの表情の痛々しさと違って、彼女の綴る事実は淡々としている。
シオンが言うには彼女が住んでいたのはユースガルド帝国という国の辺境の村だったらしい。
彼女はその段階では自分が魔人族のハーフだということも正しく理解していなかった。
故の油断なのだろう。シオンの中に魔人族の血が混じっていることが外部へ漏れた。
結果としては粛清の対象としてシオンとその父親が帝国軍に狙われた。
そして、シオンの両親とその家族を抱えていたとのことで村人は全員殺された。
ロロさんに拾われたのはその村から一人逃げる時の事だった。
『死ぬ、怖い、生きる、怖い』
「でも、死んだみんなに悪いから自分の境遇は受け入れようと?」
シオンは魔人族である境遇を否定しないし、楽な道と辛い道があったときは辛い道を選ぶようにしているのだろう。
だから、人がいる場所で後ろ指をさされ、無償の奉仕も続けている。
遠回りな自傷行為だ。
「シオン、誰もお前と面と向かって話そうとしないから誰にも言われなかったんだろうけど、俺が言ってやる」
シオンの両肩を掴む。
彼女の戸惑うような瞳と俺の視線が交差した。
「――お前は間違ってる」
『でも』
「じゃあ、言い方変える。そのお前の生き方がお前の贖罪ならもう罰は精算してる」
『……』
「お前の境遇全部知らないから偉そうなことは言えない。
でも、万が一、百歩譲ってシオンの所為で死んで恨んでいる人間がいたとする」
シオンの肩から恐怖から来る震えが俺の腕に伝わる。
でも、気にせず言ってのける。
「仮に、そんな奴がいたとしてももう許してる。だってお前は十分罰を受けたから」
シオンは基本押しに弱い。
なので、口を回し続ける。
「ってことで、幸せになる方法を考えよう。不幸になる方法なんて面倒だし、周りも巻き込んで迷惑だ」
『迷惑』
「そうだろ、お前が無償で働くからセレーナさんも、心配している」
まるで、考えたこともなかったかのような顔だ。
多くの人に嫌われているシオンが倒れた俺に声をかけることにどれだけの勇気が必要だったのか。
「ってことで話そう!」
『疑問、話す』
とりあえず、シオンの手を掴んで道の端にある塀に座らせ、自分もその横に座る。
行き交う人は相変わらずシオンをちらりと見て、気にしているようだが、気にならない。
「シオンと軽く話しただけでシオンがいい子だってことは俺にも分かる。
シオンの失敗は他者とのコミュニケーションエラーが原因だ」
『こみゅにけーしょん』
知らない言葉をシオンは一文字ずつ表現する。
「もちろん、シオンは言葉が話せないから簡単じゃない。でも、話すことって言葉を交わすだけじゃないんだよ」
シオンは丸い瞳で俺の言葉を待っている。
「俺が元いた世界でラジオパーソナリティって仕事をしていたって言ったよな?」
『肯定』
「ラジオって実際やってるときは1人で延々と話し続けないといけない仕事なんだ」
ラジオを始めた当初はその独り相撲みたいに話してたっけ。
でも、苦戦する俺にその時の番組ディレクターは俺に助言した。
「ラジオは1人で話して……それを遠くの人に声だけ届けるんだ。
でも、聞いてる人からも反応はあるんだ。手紙だったり、SNS……は分からないかと思うけど、言葉もない反応はあるんだよ」
『……』
「何が言いたいかって言えば、言葉を交わさなくても目を合わせて、こうしているだけでも会話は出来るんだ」
そうだ。
そこで自分も思い出した。
俺はラジオを楽しんでやってた。
あの、独りよがりながらも視聴者からの手紙やスタンプひとつで一喜一憂して、心がつながったかのような気持ちになったあの仕事が好きだった。
いつからかラジオが不自由の象徴となって、この世界でも最初はラジオが真っ先に出てきた自分を嫌悪した。
「シオンの目を見ていれば、今シオンが興味深く聞いてくれているのも分かるし――今は、それが本当かと疑問に思った」
表情の感情が読まれてシオンは嬉しそうに笑顔になる。
『ソウジ』
「ん?」
『ソウジ、話、聞く、希望』
前のめりになったシオンのフードがズレ、いつもは目深に被って隠している紫の髪と金色の瞳が顕わになる。
しかし、シオンは周りの目線も気にしていないように見える。
「良いぜ。任せとけ!」
俺は大仰に手を開いて、シオンが楽しそうに少し跳ねると、フードがさらにズレてシオンの顔が顕わになる。
ロロさんの店に居る時もフードを被っていた彼女の顔は楽しそうな笑顔で、俺の言葉を待つ。
それはもちろん髪色や目の色はファンタジー色があるが、それでも普通の女の子の顔だった。
そして、俺は沈む街並みに照らされながら“会話”した。
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